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製薬業界のAI活用事例10選|創薬・治験・営業の導入事例と進め方

製薬業界AI活用事例

製薬業界では、新薬開発の長期化やコスト増大、薬価改定による収益圧迫といった構造的課題を背景に、AI活用が進んでいます。2026年7月には武田薬品工業とInsilico Medicineが、成功連動型の支払いを含め総額約6億ドルに達する可能性のあるAI創薬の共同研究契約を発表しました。

また、塩野義製薬でのPoC(概念実証)では、過去の治験総括報告書を生成AIアプリで再現する作業の時間が約50%削減されたと日立製作所が公表しています。研究提携や文書作成のPoC、需要予測の運用など、製薬企業のAI活用は用途ごとに異なる段階で進められています。

しかし、製薬業界でAIはどのような業務に活用できるのか、導入に際してどのような課題やリスクがあるのか、自社でどこから着手すればよいのかといった疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。

本記事では、製薬バリューチェーンにおけるAI活用の全体像から、国内外の事例、導入時の課題と進め方、そして今後の展望まで、製薬業界向けAIプラットフォームを提供するJAPAN AIが網羅的に解説します。

目次

製薬業界のAI活用の状況

製薬業界におけるAI活用は、新薬の研究開発から製造、営業、市販後の安全性管理に至るバリューチェーン全体に波及しています。

製薬業界で使われるAIには、予測・分類を行う機械学習や、文章の生成・要約を担う生成AI、これらをツールやデータと組み合わせるAIエージェントなどがあります。機械学習の一手法であるディープラーニング(深層学習)は、分子構造の予測や画像解析、需要予測などに用いられます。

これらのAI技術は、創薬研究や臨床開発(治験)、製造・品質管理、営業・マーケティングに加え、副作用情報を扱う安全性管理(ファーマコビジランス)など、製薬バリューチェーンの各フェーズで活用されています。

AIが活用される製薬のバリューチェーン

製薬業界のバリューチェーンは研究から市販後までの複数のフェーズで構成されており、各フェーズでAIが業務効率と意思決定の精度を高める役割を担っています。主なフェーズとAIの活用内容は以下のとおりです。

  • 創薬研究:標的分子の同定・検証、リード化合物の探索・最適化、薬物動態・毒性(ADMET)予測にAIを活用。候補化合物の優先順位付けを効率化する
  • 非臨床試験:毒性予測やバイオマーカー探索を支援し、用途に応じて動物試験の代替・削減・改善の可能性を検討する。規制判断に使う場合は、予測法の適格性と当局の受容性を確認する
  • 臨床開発(治験):治験文書の作成支援や施設選定にAIを活用。被験者候補の抽出やRWD(リアルワールドデータ)の解析は、研究・検証の段階にある取り組みも多い。個々の業務の効率と品質の改善を目指す
  • 薬事申請:申請資料や規制関連文書の作成・整合性確認の支援にAIを活用。文書作成の負担軽減を目指す
  • 製造・品質管理・供給:製造プロセスの最適化、GMP環境における品質検査の支援、設備の予知保全、需要予測にもとづく生産計画にAIを活用。製造ロスの削減と安定供給を目指す
  • 営業・マーケティング:MR(医薬情報担当者)の訪問計画最適化や医師面談準備の効率化にAIを活用。限られたリソースで営業活動の生産性を高める
  • 安全性管理(ファーマコビジランス):副作用症例の処理やシグナル検出の支援にAIを活用。増え続ける症例情報への対応力を高める

いずれのフェーズでも、AIは人の判断を支援する立場です。規制対象業務では、適格な担当者が原典や数値、内容の完全性を確認する工程と責任を定め、AIの利用をGxPに沿った手順などの品質管理の仕組みに組み込むことが前提です。

また、治験全体の期間や成功率への寄与は、個々の業務改善とは別に評価する必要があります。フェーズごとに「何を改善したいか」を明確にしてから導入を検討しましょう。

出典:EMA「Reflection paper on the use of Artificial Intelligence (AI) in the medicinal product lifecycle」

なぜ今、製薬業界でAI活用が加速しているのか

製薬業界でAI活用が加速している背景には、業界特有の構造的課題と、それを解決しうるAI技術の成熟が重なっている状況があります。製薬業界のAI活用を後押しする主な要因は、以下の3つです。

  • 創薬コストと開発期間の増大
  • 薬価改定による収益圧迫
  • 官民での創薬力強化の動き

いずれも短期で解消する要因ではないため、製薬業界のAI活用は中長期の経営課題として捉え、計画的に取り組みましょう。

創薬コストと開発期間の増大

新薬開発に多額の投資と長い期間を要することは、製薬業界でAI活用が求められる大きな理由の一つです。新薬は研究から承認に至るまで、非臨床試験や複数段階の臨床試験といった検証を重ねる必要があり、臨床試験に進んだ化合物であっても、承認まで到達できるのは一部にとどまります。

こうした状況で期待されているのが、AIによるin silico(コンピュータ上)での化合物スクリーニングや標的予測です。AIは膨大な化合物データベースから物理化学的特性や毒性リスクを高速に予測し、実験に進めるべき候補の優先順位付けを支援します。開発の後半ほど試験規模が大きくなり、失敗したときの損失も膨らむため、初期段階で見込みの低い候補を外せれば、その分の時間と費用を有望な候補に回せます。

創薬コストと開発期間の課題に対し、AIは初期段階で候補を見極める精度を高める手段として期待されています。ただし、AIで設計した化合物が後期臨床の成功率を高めるかどうかは、今後の比較・追跡検証が必要な段階である点も押さえておきましょう。

薬価改定による収益圧迫

日本では薬価改定や後発医薬品(ジェネリック)への置き換えが、品目構成などに応じて製薬企業の収益に影響します。薬価改定は市場実勢価格(実際の取引価格)をもとに薬価を算定するのが基本で、新薬・長期収載品・後発品のいずれも引き下げの対象です。令和7(2025)年度の中間年改定では、後発品の66%、長期収載品の88%が引き下げの対象になりました。令和9(2027)年度の薬価改定も政府の大臣折衝事項で実施が決まっており、中央社会保険医療協議会の薬価専門部会では、対象品目の範囲や適用ルールが議論されています。2026年10月7日の同部会でも、令和9年度薬価改定が議題に取り上げられました。

収益の伸びが抑えられる一方で、研究開発への投資を止めることはできません。そのため、間接業務や文書作成、製造・品質管理にかかる工数をAIで減らし、浮いたリソースを研究開発や安定供給に振り向けることが考えられます。新薬で大きな売上を確保できたとしても、特許切れや後発品の参入によって収益が縮小しやすいため、開発プロセスを迅速化し、特許期間内に販売できる期間を長く確保する意義は大きいといえます。

限られた研究開発予算の中で生産性を高めることは製薬企業に共通する経営課題であり、AIによる業務効率化と開発プロセスの迅速化は、薬価改定による収益圧迫への具体的な対応策として検討する価値があります。

出典:厚生労働省「令和9年度薬価改定について」(中医協 薬価専門部会 第247回 資料 薬-2)
出典:厚生労働省「中央社会保険医療協議会 薬価専門部会 第247回議事録」
出典:厚生労働省「中央社会保険医療協議会 薬価専門部会(第249回)議事次第」

官民での創薬力強化の動き

政府が創薬力の強化を政策課題に位置づけていることも、製薬業界のAI活用を後押ししています。厚生労働省や内閣府、経済産業省、文部科学省の共同による「創薬力向上のための官民協議会」は、2026年7月10日にも首相官邸で開催されました。同協議会で総理大臣は、特許品市場の成長に向けた措置の一つとして「AIの利活用の推進」を挙げています。

企業側では、経済産業省・東京証券取引所・情報処理推進機構(IPA)が2026年4月に選定した「DX銘柄2026」に、製薬業界から以下の企業が選ばれています。

  • 武田薬品工業
  • 塩野義製薬
  • 中外製薬
  • 第一三共

この選定はDX推進体制やデジタル活用の実績などに対する評価であり、個別のAI施策の効果を一律に示すものではありません。それでも、大手製薬企業がデジタル活用を経営課題として位置づけていることがうかがえます。官民の動向を踏まえて自社のAI活用方針を整理しておけば、研究開発戦略を社内外に説明する際の根拠にもなります。

出典:厚生労働省「『創薬力向上のための官民協議会』を開催します」
出典:首相官邸「創薬力向上のための官民協議会」
出典:経済産業省「『DX銘柄2026』『DX注目企業2026』『DXプラチナ企業2026-2028』を選定しました」

製薬業界でAIを活用するメリット

製薬企業がAIを導入する主なメリットとして、新薬開発の初期工程の効率化による期間短縮や研究開発コストの削減、新しい創薬アイデアの創出の3つが挙げられます。開発全体の成功率の向上は、今後の検証が待たれる期待として捉えるのが適切です。

  • 新薬開発期間の短縮と成功率向上への期待
  • 研究開発コストの削減
  • 新しい作用機序を持つ創薬アイデアの創出

これらのメリットは互いに関連していますが、効果の現れ方や評価指標は用途ごとに異なります。

新薬開発期間の短縮と成功率向上への期待

AIは、標的分子の同定からリード化合物の設計、治験プロトコルの検討までの各工程で候補の予測・設計や優先順位付けを支援し、新薬開発期間の短縮に貢献すると期待されています。特に初期の創薬研究フェーズでは、AIによる化合物スクリーニングによって候補選定の期間を短縮できる可能性があります。

従来は研究者が仮説を立て、化合物を合成して評価するサイクルを何度も繰り返す必要がありました。AIが物理化学的特性や薬物動態データを統合的に解析して有望な候補を優先順位付けすれば、合成・評価のサイクル数そのものを減らせる可能性があります。

一方で、候補選定の精度や初期工程の短縮と、後期臨床の成功率や最終承認率は別の指標です。Insilico Medicineが生成AIを活用して創出したrentosertibは2026年9月に第III相試験で初回患者投与が行われましたが、これは開発の節目であり、有効性・安全性の確証や承認を意味するものではありません。

AIによる新薬開発期間の短縮は初期工程で期待しやすい一方、成功率の向上は、後期臨床の成績を比較できるデータがそろうまで期待の段階にとどまります。短縮できる工程と、検証が必要な指標を分けて評価することで、AI投資の効果を過大にも過小にも見積もらずに済みます。

出典:Insilico Medicine「Insilico Doses First Patient in GENESIS-IPF-3」

研究開発コストの削減

AIの活用は、実験や文書作成にかかる研究開発コストの削減につながる可能性があります。in silicoでの化合物スクリーニングや毒性予測を活用すれば実験室での試行錯誤を減らせるほか、治験文書の作成支援によって専門人材をレビューや判断に振り向けられます。

治験関連の文書は、日本語と英語が混在する膨大なデータから要点を拾い上げ、規定のフォーマットに沿ってまとめる必要があり、専門人材の時間を大きく占めてきました。生成AIが初稿を作成し、人は内容の確認と判断に集中する分担に変えれば、同じ人員でもより多くの案件に対応できる余地が生まれます。ただし、作成時間の短縮は、そのまま人件費や総費用の削減を意味するわけではありません。

日立製作所の発表によると、塩野義製薬でのPoCでは、過去の治験総括報告書をアプリで再現する作業の時間が約50%、新規治験の治験実施計画書の作成時間が約20%削減されました。文書の種類や比較条件によって効果に差がある点を踏まえ、確認・再作業や導入・データ整備、バリデーションと保守を含めた総工数・総費用で投資効果を評価しましょう。

医療機関の側でも検証が進んでいます。国立がん研究センター中央病院は、2026年2月の内閣官房の医薬品開発協議会で、生成AIを用いた治験総括報告書の自動作成の研究を報告しました。評価項目の約97%が実用レベルと判定された一方、表の形式崩れや、実施していない測定の記載といった誤りも見られたとしています。生成AIの初稿は、人が確認することを前提に業務へ組み込みましょう。

出典:日立製作所「日立が塩野義製薬と協創、生成AIで医薬品開発の規制関連文書の作成を支援」
出典:内閣官房 医薬品開発協議会(第2回)資料4「臨床試験プロセスにおける生成AIの利活用」(国立がん研究センター中央病院、2026年2月27日)

新しい作用機序を持つ創薬アイデアの創出

AIは、人間の研究者が見落としがちな分子間相互作用や新規標的の発見を支援します。膨大なゲノムデータやタンパク質構造データを横断的に解析し、従来のアプローチでは到達しにくかった新しい作用機序を持つ薬剤候補の探索を後押しします。

ただし、AIが示すのは予測にもとづく候補や仮説です。標的の妥当性や作用機序、安全性、有効性は、ウェット実験(実際の実験)や非臨床・臨床開発を通じて検証されます。また、ドラッグリポジショニング(既存薬の新しい適応症の発見)にもAIは活用されており、既存薬のデータをもとに新しい適応候補を探索できます。なお、新たな適応・用法・患者集団での有効性と安全性は、既存の安全性データとは別に検証が必要です。

AIは研究者の探索範囲を広げる道具であり、候補の価値を確かめるのは従来どおり実験と開発のプロセスです。AIの提案を仮説として扱い、検証計画とセットで活用しましょう。

製薬バリューチェーン別のAI活用領域

製薬バリューチェーンにおけるAI活用は、フェーズごとに異なる課題の解決に役立っています。本記事では、製薬バリューチェーンの中からAIの活用事例が多く公表されている代表的な4領域を取り上げます。

  • 創薬研究におけるAI活用
  • 臨床開発・治験におけるAI活用
  • 製造・品質管理におけるAI活用
  • 営業・MR・マーケティングにおけるAI活用

非臨床試験や薬事申請、安全性管理でもAI活用は進んでいます。自社の業務領域に該当する活用パターンを把握し、導入の優先順位を検討する際の参考にしてください。

創薬研究におけるAI活用

創薬研究領域では、候補化合物の探索と絞り込みの効率化を目的に、主に以下の3つの用途でAIが活用されています。

  • 標的分子の同定・検証:疾患関連のゲノムデータやタンパク質構造データをAIが解析し、有望な創薬標的の候補を予測する
  • リード化合物の探索・設計(De Novo Design):生成AIなどで分子構造を新たに設計する「De Novoデザイン」により、既知の化合物ライブラリに依存しない新規化合物の候補を提案する
  • 薬物動態・毒性予測(ADMET予測):吸収・分布・代謝・排泄・毒性を予測し、薬物動態や安全性の懸念がある候補の優先順位付けを支援する。臨床での有効性は別途評価する

これらの創薬研究向けAI技術を組み合わせれば、初期段階の候補化合物の絞り込みの加速が期待でき、後工程で検証すべきリスクの早期評価を支援できます。EMAは、創薬段階でのAI活用は規制上の影響が小さい場合がある一方、その結果を承認審査に提出する根拠の一部とする場合は、非臨床開発と同様の原則に従うべきだとしています。AIの予測結果は実験で検証することを前提に、研究プロセスへ組み込みましょう。

出典:EMA「Reflection paper on the use of Artificial Intelligence (AI) in the medicinal product lifecycle」

臨床開発・治験におけるAI活用

臨床開発フェーズでは、治験の効率化と品質向上の両面でAIが活用されています。

  • 治験施設・被験者の選定支援:施設選定では、過去の治験における施設ごとの実績データなどをAIで分析し、候補施設を絞り込むサービスがある。被験者候補の抽出では、医療機関が自施設の電子カルテを院内で生成AIを用いて解析し、精度や効率を検証する研究も始まっている(近畿大学病院・中外製薬などによる共同研究、2026年6月開始)。適格性の判断や参加意思の確認は、医師などが所定の治験手続きで行う
  • 治験文書の作成支援:生成AIを用いて治験総括報告書や治験実施計画書の初稿作成を支援する。日本語と英語が混在する膨大な治験データから要点を抽出し、文書化を補助する
  • RWD(リアルワールドデータ)の活用:電子カルテやレセプトデータなどのRWDを、AIなども用いて解析する取り組みは、使い道によって期待の大きさが異なる。治験を計画する段階では、対象となる患者がどれくらいいるかの推定や、組み入れ基準(治験への参加条件)の検討に役立つと期待されている。一方、承認申請の根拠としての利用はまだ少なく、日本製薬工業協会(製薬協)の報告書では、2022年の調査をもとに、企業が承認申請にRWDを利用するメリットを十分に見いだせず模索している状況が示唆されたとしている。また、データベースの情報には3〜6か月の遅れがあり、匿名加工されたデータでは施設の選定に限界があるといった制約もあるため、データの品質や由来、欠測、対象集団への適用可能性の確認が前提である

治験文書の作成支援は、塩野義製薬でのPoCで定量的な効果が公表されている領域です。一方、被験者選定やRWD解析は研究・検証の段階にある取り組みが多く、選択バイアスやデータの代表性が結果を左右します。PMDAが紹介した、RWDを承認審査の外部対照に用いた最近の8例(2019〜2024年承認)も、7件が希少疾病用医薬品で、ランダム化比較試験が難しい領域が中心です。また、電子カルテなどの診療情報は要配慮個人情報にあたり、第三者提供には原則として本人の同意が必要です。規制判断に使う解析は目的や解析計画、妥当性を事前に定義し、必要に応じて当局と相談しましょう。

出典:EMA「Reflection paper on the use of Artificial Intelligence (AI) in the medicinal product lifecycle」
出典:個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」
出典:Medidata「Clinical Trial Data with AI」
出典:近畿大学「治験候補患者抽出の精度向上・効率化に向け、リアルワールドデータと生成AI(LLM)を用いた共同研究を開始」
出典:日本製薬工業協会 提出資料(内閣官房 データ利活用制度・システム検討会 資料8)
出典:医薬品医療機器総合機構「MID-NETの利活用状況」
出典:内閣府「認定仮名加工医療情報利用事業者一覧」
出典:Asano et al.「PMDA Perspective on Use of Real-World Data and Real-World Evidence as an External Control」Clin Pharmacol Ther 2025
出典:個人情報保護委員会 FAQ「医療・介護関係事業者において取り扱う『要配慮個人情報』には、具体的にどのようなものがありますか。」
出典:日本製薬工業協会「日米におけるRWD/RWE利活用に関連するガイダンスの比較」(2025年5月)

製造・品質管理におけるAI活用

医薬品の製造・品質管理領域では、GMP(医薬品の製造管理及び品質管理の基準)の遵守とコスト効率の両立を支援する手段としてAIの活用が検討されています。EMAは、工程の最適化や工程内の品質管理などでのAI活用が今後増えると見込んでいます。

  • 製造プロセスの最適化:温度やpH、時間などの製造条件をAIでシミュレーションし、歩留まり向上と品質安定化を図る
  • 外観検査の支援:画像認識AIで錠剤やカプセルの外観検査を支援する。対象となる欠陥と撮像条件、見逃し・誤検出の許容基準を定め、代表的なデータで性能を検証する
  • 設備保全の予測(予知保全):センサーデータをAIが分析し、設備故障の兆候を事前に捉える。計画外の製造ライン停止の防止に役立てる

製造・品質管理でAIを使う場合、GMP適合性はAIモデル単体ではなく、用途の定義やデータ品質、バリデーション、変更管理、人による監督を含む品質システム全体で評価されます。製品や設備、モデルを変更する際にも影響評価が必要です。GQP・GMP業務に用いるコンピュータ化システムは厚生労働省のガイドラインを踏まえたライフサイクル管理が求められるため、導入時は品質保証部門と連携して進めましょう。

製造業のAI活用についてさらに詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください。

出典:厚生労働省「医薬品・医薬部外品製造販売業者等におけるコンピュータ化システム適正管理ガイドラインについて」
出典:EMA「Reflection paper on the use of Artificial Intelligence (AI) in the medicinal product lifecycle」

営業・MR・マーケティングにおけるAI活用

営業・マーケティング領域では、MRの生産性向上と、需要予測に用いる市場インサイトの提供が主な活用テーマです。

  • MRの訪問計画最適化:施設ごとの販売実績や面談履歴をAIが分析し、訪問優先度の高い施設・医師を提案する。医師などの情報の利用条件は、法令と社内ルールに照らして確認する
  • 医師面談準備の効率化:最新の論文情報や競合品の動向をAIが収集・要約し、MRの面談準備にかかる時間を削減する
  • 需要予測(供給部門との連携):処方トレンドや薬価改定の影響などの市場情報をAIで分析し、製造・供給部門の需要予測と生産計画に活かす

MRが医療関係者に提供する情報は、承認された範囲内で、科学的・客観的な根拠に基づくものである必要があり、使用する資材は事前に社内の監督部門の審査を受けることが医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドラインで求められています。AIで作成・要約した資料もこの審査の対象外ではないため、出力を人が確認する運用とセットで導入しましょう。

AIを活用した業務効率化の全体像については、「AI活用で業務を効率化する5つの方法!活用事例やメリットから注意点までを解説」の記事で詳しく解説しています。

出典:厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドラインについて」

国内製薬大手のAI活用事例

国内製薬大手のAI活用は、創薬研究から需要予測、全社的な生成AI活用まで幅広い領域に及んでいます。各社が公表している取り組みには、研究提携や基本合意、PoC、運用中のものなど異なる段階が含まれるため、導入段階を見極めながら自社への適用のヒントを探ってみましょう。

武田薬品工業

武田薬品工業は、需要予測からAI創薬、全社的な生成AI活用まで多角的なAI活用に取り組んでいます。

需要予測の分野では、2025年8月4日、日本の製造・供給部門でAI需要予測モデルにもとづく生産計画の運用を始めたと発表しました。当初は、十分な過去データと高い出荷頻度を持つ製品を対象としています。データがそろう製品から始める進め方は、他社が導入範囲を検討する際の参考になるでしょう。

AI創薬分野では、2026年7月にInsilico Medicineとの戦略的共同研究契約が発表されました。Insilico Medicineの発表によると、Insilico Medicineはプロジェクト開始費用・近接時期の支払い・マイルストーンとして約6,000万ドルを受け取り、成功連動型の支払いにより総額は約6億ドルに達する可能性があります。別途、将来の売上に応じた段階的ロイヤルティも定められています。

また、武田薬品工業の2026年統合報告書によると、2026年3月31日時点で生成AIツールを積極的に使用している従業員の割合は63.4%で、前年度の46.6%から上昇しています。全社での生成AI利用の定着度を数値で開示している点は、社内展開の進捗を測る指標づくりに役立ちます。

出典:武田薬品工業「日本の製造・供給部門におけるAI需要予測に関する発表」
出典:Insilico Medicine「Insilico Medicine Announces Collaboration with Takeda to Advance Strategic AI Drug Discovery」
出典:武田薬品工業「タケダ2026年統合報告書」(p.47)

中外製薬

中外製薬は、全社員の日常業務から創薬・臨床開発までAI活用を広げています。総務省「令和8年版 情報通信白書」では、約7,800名向けに内製開発された生成AIアプリ「Chugai AI Assistant」に、平均約5,400人のユニークユーザーがいると紹介されています。なお、同掲載箇所では平均の集計期間や単位は示されていません。

創薬分野では、抗体アミノ酸配列の候補選抜・最適化を支援する機械学習技術「MALEXA」を活用しています。AIが提案した配列は、研究者が実際に作製・評価して検証する流れです。営業領域では、MRと医師の面談を想定した自己学習を支援する「CHUGAI AI Medimentor」のMVP(必要最小限の機能を備えた試作版)を開発したと、2024年12月の公式記事で紹介しています。

さらに2025年1月30日には、中外製薬とソフトバンク、SB Intuitionsが、臨床開発向けAIエージェントと製薬特化の大規模言語モデルの共同研究に向けた基本合意を発表しました。研究段階の取り組みと日常業務での活用を並行して進める姿勢は、段階的な展開を考える企業にとって参考になります。

出典:総務省「令和8年版 情報通信白書:中外製薬の事例」
出典:中外製薬「Platforms & Technologies」
出典:中外製薬「【技術ブログ】MRと医師の面談を再現するAIプロトタイプの開発」
出典:ソフトバンク「生成AIで臨床開発業務を革新する共同研究に向けた基本合意」

第一三共

第一三共は、AIエージェントを創薬研究のプロセスに組み込む次世代の仕組みの構築を進めています。

AWSの公表資料によると、第一三共はAWSと連携して「AIエージェント統合型創薬基盤」を構築し、2026年の運用開始を目指すとしています。特定のAIツールの導入にとどまらず、AIエージェントを創薬研究のワークフローに組み込む構想です。なお、本記事の調査時点では、その後の稼働完了は確認できていません。

研究現場の実験データとAIを一体で運用する仕組みが整えば、仮説立案から実験、解析までのサイクル短縮が期待されます。今後の稼働状況と成果の公表を確認しておきましょう。

出典:AWS「第一三共、AWSと連携しAIエージェント統合型創薬基盤の構築を開始」

塩野義製薬

塩野義製薬は、日立製作所との業務提携のもとで開発し、自社で保有する生成AIによる規制関連文書作成支援ソリューションを、日立製作所へのライセンス提供によって社外に展開しています。2026年2月、日立製作所は同ソリューションのライセンス提供を受ける契約を塩野義製薬と締結し、国内の医薬品・ヘルスケア企業向けに提供を開始しました。

このソリューションは、日本語と英語が混在する治験データから要点を抽出し、治験総括報告書や治験実施計画書などの規制関連文書の初稿作成を支援するものです。PoCでは、過去の治験総括報告書をアプリで再現する作業で約50%、新規治験の治験実施計画書の作成で約20%の作成時間削減が確認されたと発表されています。いずれもPoCでの結果であり、本番運用のすべての文書・工程に一律に当てはまる数値ではありません。

自社での活用にとどまらず、ライセンス提供を通じて他社にも展開している点は、自社で培ったAIソリューションを事業化するモデルとしても参考になります。

出典:塩野義製薬「塩野義製薬と日立、生成AIを活用した医薬品開発の規制関連文書作成支援ソリューションを提供開始」
出典:日立製作所「日立が塩野義製薬と協創、生成AIで医薬品開発の規制関連文書の作成を支援」

小野薬品工業・住友ファーマ

小野薬品工業と住友ファーマは、2023年に生成AIの全社的な利用を公表した製薬企業です。

小野薬品工業は2023年6月6日、Azure OpenAI Serviceを利用した対話型AIを、国内外のグループ会社を含む全社員向けに利用開始したと発表しました。同発表では、研究・開発・営業などの部門で、社内データや既存システムとの連携による高度な活用の検討も並行して進めているとしています。

住友ファーマは2023年5月26日に生成AIチャットツールの全社運用を開始し、入力情報をOpenAI社が二次利用しない環境で運用していると説明しています。両社に共通するのは、ツールの展開とあわせて情報管理の条件を示している点です。機密情報を多く扱う製薬企業が生成AIを全社展開する際は、利用環境とルールを先に整えましょう。

大手企業の生成AI活用事例については、「大手企業のビジネスへの生成AI活用事例15選!導入ポイントを解説」の記事もあわせてご覧ください。

出典:小野薬品工業「小野薬品グループで生成AIの利活用を開始」
出典:住友ファーマ「生成AIを利用したチャットツールの全社運用に関する発表」

海外企業のAI活用事例

海外企業では、社内業務への生成AI活用とAI創薬の両面で取り組みが進んでいます。国内企業の取り組みと比較しながら、自社の戦略策定に活かせるポイントを確認しましょう。

アストラゼネカ

AWSの導入事例によると、アストラゼネカ日本法人はAmazon Kendraを用いた社内検索を構築し、2023年6月末に本番運用へ移行しました。

製薬企業には研究データや規制関連文書、社内手順書など膨大なドキュメントが蓄積されていますが、必要な情報がどこにあるのかを探すだけで多くの時間が費やされがちです。社内文書を横断的に検索できる環境を整える狙いは、従業員が情報探索ではなく本来の業務に時間を使えるようにすることにあります。

ただし、検索対象がSOPや出荷判定、安全性情報などに及ぶ場合、誤った検索結果は規制や患者安全に関わるリスクを生みます。社内検索から始める場合も、対象文書と利用目的に応じて、機密・個人情報の扱いやアクセス権限、版管理を評価しましょう。

出典:AWS「Improving AstraZeneca Japan’s Enterprise Search Capabilities and Regulatory Compliance Using Amazon Kendra」

ノボノルディスク

Anthropicの顧客事例では、ノボノルディスクの社内ツール「NovoScribe」が、治験総括報告書などのドラフト作成を支援すると紹介されています。

NovoScribeはAnthropicのAIモデル「Claude」などを用い、社内の文書作成プロセスに合わせてドラフトを生成する仕組みです。AIが作成するのはあくまでドラフトであり、レビューと承認は人が担います。なお、この紹介は規制要件全般への適合やバリデーションの完了を保証するものではありません。

自社開発のアプローチは汎用ツールでは対応しにくい社内様式に合わせやすい一方、規制文書として使うには人による確認と品質管理の設計が欠かせません。自社で文書作成AIを検討する際は、ドラフト生成の範囲と人のレビュー工程を明確に定義しましょう。

出典:Anthropic「Novo Nordisk」顧客事例

Insilico Medicine

Insilico Medicineは、生成AIを活用して標的同定と分子設計を支援するAI創薬企業です。同社は2026年9月10日、特発性肺線維症(IPF)を対象とする未承認の開発品「rentosertib」の第III相試験「GENESIS-IPF-3」で、初回患者投与を行ったと発表しました。同社の発表によると、試験は52週間の無作為化二重盲検プラセボ対照試験で、中国の47施設で320例の登録を予定しています。

第III相試験への到達は重要な開発マイルストーンである一方、有効性・安全性の確証や承認を意味するものではありません。AI創薬の価値は、今後の試験結果によって判断されます。

同社は武田薬品工業との提携に加え、2026年3月29日にはイーライリリーとのグローバル研究開発提携を発表しました。前払金は1億1,500万ドルで、開発・規制・商業化のマイルストーンにより総額約27.5億ドルに達する可能性があり、別途段階的なロイヤルティも定められています。大手製薬企業との提携が相次いでいることから、AI創薬の動向を追ううえで注目すべき企業の一つといえます。

出典:Insilico Medicine「Insilico Doses First Patient in GENESIS-IPF-3」
出典:Insilico Medicine「Insilico Medicine Announces Global R&D Collaboration with Lilly」


製薬業界の文書改訂にAIを活かすなら「JAPAN AI 製薬」
JAPAN AI 製薬は、SOPや品質文書の改訂業務に特化したAIプラットフォームです。影響範囲の特定から改訂案のドラフト作成、条文との整合確認までを支援し、担当者は内容の精査と判断に集中できます。AIの役割は提案までとし、最終的な確認・承認は担当者が行うHuman-in-the-Loop設計を採用しています。入力データをパブリックモデルの学習に利用しない運用や国内データセンターを利用した閉域環境、ISO27001(ISMS)認証の取得など、機密性の高い文書を扱う環境にも配慮しています。GAMP 5を踏まえた開発時のテスト記録は、CSV(コンピュータ化システムバリデーション)のサプライヤー資料として可能な範囲で提供され、IQ/OQ/PQを含む適格性評価は導入企業が実施します。

製薬AI導入の課題と注意点

製薬AI導入では、データ整備や人材、規制対応、生成AIの誤出力といった製薬業界ならではの課題を事前に押さえておく必要があります。製薬AI導入で注意すべき主な課題は以下の4つです。

  • データの質と量の確保
  • AI人材の不足
  • 法規制・倫理的な課題への対応
  • ハルシネーションリスク

これらの課題は導入後に表面化すると手戻りが大きいため、計画段階から対策を織り込んでおきましょう。

データの質と量の確保

創薬AIや臨床AIの予測精度は、学習データの質と量に大きく左右されます。しかし多くの製薬企業では、研究データが部門ごとにサイロ化しており、異なるフォーマットで管理されているケースが少なくありません。

部門ごとに項目名や単位、記録方法が異なると、AIにデータを読み込ませる前の整形作業だけで膨大な工数がかかります。また、失敗した実験のデータが記録されていない場合、AIは成功例に偏った学習をしてしまい、予測精度が下がる原因にもなります。

製薬AI導入の成果を高めるには、データ統合の仕組みとデータガバナンス体制の整備が欠かせません。部門横断でのデータ標準化やメタデータ管理のルール策定から着手しましょう。

AI人材の不足

製薬業界でAIを効果的に活用するには、生命科学や統計・データサイエンス、IT、品質保証、薬事・法務の知見を組み合わせる体制が必要です。すべての知識を一人で兼ね備えた人材に依存するのではなく、複数の専門家が連携できる体制づくりが現実的です。

AIの専門家だけでは、どの研究課題にAIを適用すべきか、出力結果が科学的に妥当かを判断しにくく、反対に研究者だけではAIの仕組みや限界を踏まえた活用が難しいでしょう。両者の橋渡しができる人材がいるかどうかで、製薬AI導入の成果は大きく変わります。

大塚ホールディングスは、グループ横断のデジタル人財育成施策として「大塚デジタルアカデミー」を2025年7月に開学しました。外部からの採用だけに頼らず、業務を熟知した既存社員のスキルアップも人材戦略に組み込みましょう。

出典:大塚ホールディングス「デジタル人財育成をさらに加速する『大塚デジタルアカデミー』を開学」

法規制・倫理的な課題への対応

製薬業界は、GLPやGCP、GMP、GQP、GVPなど、領域ごとに要件が異なるGxP規制の下で厳格な品質管理が求められる業界です。AIを用いる場合は、用途と患者リスク、規制上の影響に応じて、根拠の説明や文書化による説明可能性の確保が求められます。

AIに関する国際的な規制・ガイドラインも整いつつあります。主な動向は以下のとおりです。

  • FDA・EMA:2026年1月、共同で「医薬品開発における良好なAIプラクティスの指導原則」を公表した。FDAは、規制判断を支えるAIモデルの信頼性評価の枠組みをドラフトガイダンスで提案している
  • ICH M15:モデルを用いた医薬品開発(MIDD)の一般原則で、2026年1月29日にStep 4で採択された。AI・機械学習も対象のモデリング手法に含まれるが、AI全般の規制ではない
  • EU GMP Annex 22:欧州委員会は2025年7月、Chapter 4とAnnex 11の改訂案とあわせて、AIに関する新Annex 22の公開協議案を公表した。協議は2025年10月に終了している。Annex 22はAnnex 11を補うもので、対象を静的・決定論的なモデルとし、生成AIや大規模言語モデルを重要なGMP用途に使用すべきでないとしている。2026年10月26日時点で確定版の公表は確認できておらず、確定要件ではない
  • EU AI Act:2026年8月2日から原則として適用され、第50条の透明性義務も同日から適用される。2026年8月2日より前に市場に出た合成コンテンツ生成システムには、経過措置により第50条2項の適用が2026年12月2日まで猶予される。高リスクAIの主要な義務は、Digital Omnibus on AIによる改正により、附属書IIIのシステムに2027年12月2日から、附属書Iの規制製品に関わるシステムに2028年8月2日から適用される

国内では、2025年9月に全面施行されたAI法(人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律)に加え、電子記録・電子署名に関する指針や、GQP・GMP業務を対象とするコンピュータ化システム適正管理ガイドラインを、用途に応じて確認する必要があります。

AI法は、これらの製薬分野の要件を置き換えるものではありません。GQP・GMP業務に用いる場合は、責任と権限、供給者・品質リスク評価、CSV、変更・逸脱管理を含むライフサイクル管理を整えてください。CSVでは、業界ガイドであるGAMP 5 第2版が示すリスクベースの考え方を参考に、用途のリスクに応じて検証の範囲を設計するのが近年の潮流です。

治験で用いる場合は、コンピュータ化システムとデータの信頼性についてリスクに応じた管理を求めるICH E6(R3)を確認し、GLPやGVPなどもそれぞれの適用要件を確認しましょう。

出典:FDA「Guiding Principles of Good AI Practice in Drug Development」
出典:FDA「Considerations for the Use of Artificial Intelligence To Support Regulatory Decision-Making for Drug and Biological Products」
出典:ICH「ICH M15 General Principles for Model-Informed Drug Development」
出典:欧州委員会「Stakeholders’ Consultation on EudraLex Volume 4: Chapter 4, Annex 11 and New Annex 22」
出典:欧州委員会 AI Act Service Desk「Timeline for the Implementation of the EU AI Act」
出典:EUR-Lex「Regulation (EU) 2026/1744」
出典:内閣府「人工知能関連技術の研究開発及び活用の推進に関する法律(AI法)」
出典:厚生労働省「医薬品等の承認又は許可等に係る申請等における電磁的記録及び電子署名の利用について」
出典:厚生労働省「医薬品・医薬部外品製造販売業者等におけるコンピュータ化システム適正管理ガイドラインについて」
出典:ISPE「GAMP 5 Guide 2nd Edition」
出典:ICH「ICH E6(R3) Guideline for Good Clinical Practice」

ハルシネーションリスク

生成AIには、事実と異なる情報を生成するハルシネーション(幻覚)のリスクがあります。誤った情報を広告や販売情報提供に用いると、薬機法や医薬品等適正広告基準、医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドラインに抵触するおそれがあります。治験や申請、安全性関連の業務でも、それぞれの基準や手順に照らした確認が必要であり、誤りが患者安全に影響しないかを評価しなければなりません。

生成AIはもっともらしい文章を作るのが得意な一方、根拠のない数値や存在しない文献を示すことがあります。特に用量や副作用など、誤りが許されない情報ほど、出力をそのまま使わない仕組みが必要です。

対策として有効なのは、人が工程に関与するヒューマン・イン・ザ・ループ(Human-in-the-Loop)の考え方を、最後の承認だけでなく工程全体に組み込むことです。規制関連文書では、適格な担当者が原典や数値、引用、内容の完全性を確認し、業務に応じた承認・変更手続きを経て使用しましょう。確認する工程と責任者、差戻し・停止の方法をあらかじめ決めておけば、AIの出力が確認なしに外部へ出るリスクを抑えられます。

出典:厚生労働省「医薬品等適正広告基準の改正について」
出典:厚生労働省「医療用医薬品の販売情報提供活動に関するガイドラインについて」

製薬AI導入の進め方

製薬AI導入を成功させるには、小さく始めてルールを整え、段階的に広げるアプローチが有効です。製薬AI導入の実践的なステップは以下の3つです。

  • スモールスタートでトライアル運用
  • リスクの洗い出しとガイドライン策定
  • 全社展開と継続的な活用拡大

ただし、試行段階であっても実データを扱う以上、個人情報やGxPに関わる管理が免除されるわけではありません。PoCの開始前に利用目的や入力データの可否、適用要件、責任者、環境・アクセス権限、中止基準を確認し、試行結果をもとに利用ルールを更新しながら、承認された用途から展開しましょう。

スモールスタートでトライアル運用

製薬AI導入は、患者安全やGxP上の判断に直接影響しない業務から着手するのが現実的です。具体的には、社内文書検索やナレッジ共有、議事録要約などのバックオフィス業務が出発点の候補です。

ただし、バックオフィス業務であっても、機密情報や個人情報、アクセス権限を適切に管理できることが条件です。社内検索でも、検索対象にSOPや安全性情報が含まれるなら、誤検索のリスクを評価する必要があります。こうした条件を満たす業務は短期間で成果を可視化しやすく、利用者が効果を実感できれば、次の段階で対象業務を広げる際にも社内の理解を得やすいでしょう。

初期投資を抑えつつ社内の理解と信頼を醸成するために、まずは効果を測りやすく、リスク評価を済ませた業務を1つ選んで試してみましょう。

出典:個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」

リスクの洗い出しとガイドライン策定

社内のAI利用ガイドラインは、トライアルの開始前に最低限のルールを定め、試行結果を踏まえて充実させましょう。薬機法やGVP(医薬品の製造販売後安全管理の基準)などのGxP、個人情報保護法などの観点からリスクを洗い出し、以下のような項目をガイドラインに盛り込みます。

  • AIを使ってよい業務範囲と使ってはいけない業務範囲の明確化
  • 生成AIの出力に対するファクトチェックの義務化
  • 機密情報・個人情報のAIへの入力に関するルール
  • 人が確認する工程と、承認・差戻しを担う責任者の指定
  • モデルや設定、参照文書の更新時の変更影響評価と再検証の手順
  • 障害時や性能低下時の停止・代替手順

利用ルールに加え、モデルと設定の版管理や代表的な評価データと受入基準、性能監視の仕組みも整えておけば、規制動向や社内の活用状況に合わせた見直しを根拠をもって進められます。FDAとEMAが2026年1月に公表した「医薬品開発における良好なAIプラクティスの指導原則」も、使用場面の明確化やリスクに基づく性能評価、ライフサイクル管理などを原則に挙げています。

出典:FDA「Guiding Principles of Good AI Practice in Drug Development」

全社展開と継続的な活用拡大

スモールスタートで成果が確認でき、ガイドラインが整備されたら、段階的に活用範囲を全社へ拡大していきましょう。

ユースケースに優先順位を付け、効果とリスクのバランスがよい領域から順次展開していくアプローチが有効です。住友ファーマや小野薬品工業のように、2023年に全社的な生成AI利用を公表した企業もありますが、展開の順序は対象データや用途とリスク、運用体制によって異なります。他社の事例をそのまま当てはめるのではなく、自社の条件を評価したうえで参考にしてください。

全社展開後も、効果測定から改善、新たなユースケースの発掘までのサイクルを回し続けることで、AI活用の成果を継続的に高められます。

出典:住友ファーマ「生成AIを利用したチャットツールの全社運用に関する発表」
出典:小野薬品工業「小野薬品グループで生成AIの利活用を開始」

製薬業界におけるAI活用の今後の展望

今後、製薬業界のAI活用は、個別化医療への応用とAIエージェントの活用拡大を軸に進化していくでしょう。製薬業界のAI活用で特に注目すべきトレンドは、以下の2つです。

  • 個別化医療・予測医療への応用
  • AIエージェントの活用拡大

どちらも医療や研究開発の進め方を変える可能性を持つ一方、患者安全や権限管理の観点から高度なリスク管理が求められます。期待と管理の両面から動向を追っておきましょう。

個別化医療・予測医療への応用

AIは、患者の遺伝子やバイオマーカー情報などにもとづく治療選択の支援に応用が進められています。患者個人の特性に合わせて治療法や薬剤を選ぶ個別化医療(プレシジョンメディシン)は、AIの活用が期待される領域の一つです。

従来の「多くの患者に同じ治療を行う」考え方から「個人の特性に合わせた治療」への転換は、患者のアウトカム向上と医療費の適正化の両面で効果が期待されます。同じ薬でも効果や副作用の出方は患者によって異なるため、効果が見込める患者を事前に見極められれば、不要な投薬を減らせる可能性があります。

一方、治療や投与量、患者選択に影響する用途では、AIの誤りが患者に直接影響します。臨床的妥当性や集団間での性能の差、適用法令、医療機器などへの該当性を個別に評価し、患者データの適切な管理と組み合わせて活用を検討しましょう。

出典:EMA「Reflection paper on the use of Artificial Intelligence (AI) in the medicinal product lifecycle」

AIエージェントの活用拡大

2026年の製薬AI領域で注目されているトレンドの一つが、AIエージェントの活用拡大です。特定業務に特化したAIアプリケーションに加え、AIエージェントが複数のツールを組み合わせてタスクを進める仕組みの開発が進んでいます。

2026年8月には、TCS(タタ・コンサルタンシー・サービシズ)が医薬品開発向けのエージェンティックAIプラットフォーム「TCS ADD AgentHub」を発表しました。また、第一三共がAWSと連携して進める「AIエージェント統合型創薬基盤」や、中外製薬がソフトバンクなどと進める臨床開発向けAIエージェントの共同研究も、この流れに位置づけられる取り組みです。

AIエージェントは製薬バリューチェーンを横断して複数の業務を連携的に支援できる可能性がある一方、参照・提案にとどまる場合と、書き込みや外部送信、実行を伴う場合ではリスクが大きく異なります。導入時は、必要最小限の権限や承認ゲート、実行ログ、異常時の停止・回復手順を定義しましょう。

AIエージェントについてさらに詳しく知りたい方は、以下の記事もご覧ください。

出典:TCS「TCS Launches Agentic AI Platform to Transform Drug Development」
出典:AWS「第一三共、AWSと連携しAIエージェント統合型創薬基盤の構築を開始」
出典:ソフトバンク「生成AIで臨床開発業務を革新する共同研究に向けた基本合意」

製薬業界のAI活用に関してよくある質問

製薬業界のAI活用について、よく寄せられる質問とその回答をまとめました。

製薬業界でAIはどのような業務に活用されていますか?

製薬業界では、創薬研究や臨床開発、製造・品質管理、営業・マーケティング、安全性管理などの領域でAIの活用が進められています。具体的には、標的同定や化合物設計、治験文書の作成支援、品質検査・設備保全の支援、需要予測、副作用症例の処理支援などです。自社で検討する際は、業務ごとの導入段階とリスクを確認してください。

AI創薬で開発が進んでいる事例はありますか?

Insilico Medicineが生成AIを活用して創出した「rentosertib」の第III相試験での初回患者投与や、中外製薬の「MALEXA」による抗体候補の選抜・最適化が報告されています。ただし、臨床試験への進展は有効性・安全性の確証や承認を意味しません。文書作成や需要予測などの業務効率化の成果とは、評価指標を区別して確認しましょう。

製薬企業がAI導入を始めるにはどうすればよいですか?

まずは患者安全やGxP上の判断に直接影響しない業務を選び、PoCの開始前に利用目的や入力データの可否、責任者などの最低限のルールを決めてください。そのうえで社内文書検索やナレッジ共有、議事録要約などでスモールスタートし、試行結果をもとにガイドラインを更新しながら段階的に活用範囲を広げましょう。

製薬業界のAI活用で競争力を高めるために

本記事では、製薬業界におけるAI活用の全体像を、バリューチェーン別の活用領域から国内外の事例、導入課題と進め方、今後の展望まで解説してきました。

紹介した事例には、社内生成AIの利用拡大や文書作成のPoC、需要予測の運用、AIを活用して創出された化合物の臨床開発などが含まれます。武田薬品工業が開示した生成AI積極利用者の割合63.4%や、塩野義製薬による日立製作所へのライセンス提供は業務領域での進展を示し、rentosertibの第III相試験開始は創薬領域の検証が次の段階に進んだことを示しています。導入段階と成果の指標は用途ごとに異なるため、個々の条件に沿った評価が必要です。

AI活用には、用途に適した技術だけでなく、経営層の方針や利用者教育、品質保証や継続改善を含む組織的な推進体制も重要です。

まずは自社の優先領域を特定し、リスク評価を済ませた業務からスモールスタートしましょう。そこで得た知見と成果をもとに、ガイドラインを整えながら段階的に展開していくことで、製薬業界でのAI活用の効果を着実に引き出せます。

出典:武田薬品工業「タケダ2026年統合報告書」(p.47)