2026年4月、Anthropic(アンソロピック)が発表した未公開のフロンティアAIモデル「Claude Mythos Preview(クロード・ミュトス・プレビュー)」が、世界のサイバーセキュリティ業界に衝撃を与えています。
しかし、Claude Mythosとはそもそもどのようなモデルなのか、なぜ一般公開されないのか、Project Glasswingとは何か、日本政府や企業にどのような影響があるのか、といった疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。
本記事では、Claude Mythosの概要やベンチマーク性能から、ゼロデイ脆弱性の発見事例、Project Glasswingの全貌、日本の対応状況、そして一般公開の最新見通しまで、JAPAN AIが網羅的に解説します。
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Claude Mythosとは
Claude Mythos(クロード・ミュトス)は、Anthropicが2026年4月7日に発表した未公開のフロンティアAIモデルです。正式名称は「Claude Mythos Preview」で、「Mythos」はギリシャ語で「発話」「物語」を意味します。
Anthropicはこのモデルを「汎用のフロンティアモデル」と位置づけていますが、コーディング能力と推論能力が飛躍的に向上した結果、サイバーセキュリティ分野において突出した性能を発揮するようになりました。具体的には、主要なオペレーティングシステムやウェブブラウザにおいて、人間の介入なしにゼロデイ脆弱性を特定し、実用的なエクスプロイト(攻撃コード)を構築できる能力を備えています。
Anthropicの公式発表では、Claude Mythosは「最も高度な専門家しか成し得なかったレベルのセキュリティリサーチを、大規模かつ自律的に実行できる」と説明されています。この能力の高さゆえに、悪用リスクを考慮してAPI経由での一般提供は見送られ、サイバー防御を目的とした限定的な組織にのみアクセスが許可されています。
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出典:Anthropic「Assessing Claude Mythos Preview’s cybersecurity capabilities」
Claudeシリーズの中での位置づけ
Claude Mythosは、Anthropicが展開するClaudeシリーズにおいて、既存のモデル階層を超える「第4の階層」に位置するモデルです。
Anthropicの従来のモデルラインナップは、軽量・高速な「Haiku」、バランス型の「Sonnet」、最高性能の「Opus」という3階層で構成されてきました。Claude Mythos発表時点(2026年4月7日)での最上位モデルはClaude Opus 4.6であり、コーディングや推論の各種ベンチマークで業界トップクラスの成績を収めていました。Claude MythosはこのOpus 4.6をすべてのベンチマークで大幅に上回り、Anthropicがシステムカードで公開した18項目のベンチマークのうち17項目で最高スコアを記録しています。
なお、2026年5月28日にはClaude Opus 4.8が一般提供を開始しています。Opus 4.8は誠実さやコーディング性能でOpus 4.7から着実に向上していますが、全体的な能力ではClaude Mythosに及ばないとされています。つまり、Claude Mythosは現時点でAnthropicが保有する最も高性能なモデルであり、一般提供されているどのClaudeモデルよりも上位に位置しています。
Claude Mythosは何がすごいのか — ベンチマークで見る性能
Claude Mythosの性能は、コーディング・数学・推論・サイバーセキュリティのすべての領域でClaude Opus 4.6を大幅に上回るものです。以下の表は、主要ベンチマークにおけるClaude Mythos PreviewとClaude Opus 4.6のスコアを比較したものです。
| ベンチマーク | Claude Mythos Preview | Claude Opus 4.6 | 差分 |
|---|---|---|---|
| SWE-bench Verified | 93.9% | 80.8% | +13.1pt |
| SWE-bench Pro | 77.8% | 53.4% | +24.4pt |
| GPQA Diamond | 94.6% | 91.3% | +3.3pt |
| USAMO 2026 | 97.6% | 42.3% | +55.3pt |
| CyberGym | 83.1% | 66.6% | +16.5pt |
| Terminal-Bench 2.0 | 82.0% | 65.4% | +16.6pt |
これらの数値は、単なるモデル間の序列を示すものにとどまらず、AIが人間の専門家に匹敵する水準でソフトウェアの脆弱性を発見・修正できる段階に到達したことを意味しています。
コーディング性能
Claude MythosのSWE-bench Verified 93.9%は、実際のGitHubリポジトリから抽出された500件のソフトウェアエンジニアリング課題のうち、約470件を正しく解決できる水準です。
SWE-bench Verifiedは、AIモデルのコーディング能力を測る業界標準のベンチマークで、実際のプロダクションコードベースから抽出されたバグ報告や機能要求に対して、既存のテストスイートを通過する修正コードを生成できるかを評価します。Claude Opus 4.6の80.8%から13.1ポイント上昇した93.9%は、2026年4月時点で業界最高スコアです。
さらに、より難易度の高いSWE-bench Proでも77.8%を記録しており、Opus 4.6の53.4%から24.4ポイントの大幅な改善を達成しています。Terminal-Bench 2.0では82.0%を記録し、Opus 4.6の65.4%から16.6ポイント向上しており、複雑なターミナル操作を伴うコーディングタスクにおいても高い遂行能力を示しています。
出典:llm-stats.com「Claude Mythos Preview: Benchmarks, Pricing & Project Glasswing」
数学・推論性能
Claude Mythosは、USAMO 2026(数学オリンピック)で97.6%を記録し、Opus 4.6の42.3%から55.3ポイントという驚異的な改善を達成しました。
USAMO(United States of America Mathematical Olympiad)は、大学レベル以上の高度な数学的推論を要求する試験です。Opus 4.6の42.3%からの55.3ポイント上昇は、Claude Mythosの全ベンチマークのなかで最も大きな改善幅であり、数学的推論能力において質的な飛躍が起きたことを示しています。
GPQA Diamondでは94.6%を達成しています。このベンチマークは、物理学・化学・生物学にまたがる博士レベルの科学的推論問題で構成されており、専門家でも正答率が高くない難問ぞろいです。Opus 4.6の91.3%から3.3ポイント向上しており、Claude Mythosが科学的な論理展開においても極めて高い精度で推論できることを裏付けています。
サイバーセキュリティ性能
Claude MythosのCyberGym 83.1%は、AIエージェントとしての脆弱性解析能力が実用段階に到達したことを示す指標です。
CyberGymは、AIモデルがサイバーセキュリティ上の脆弱性を再現・検証する能力を測定するベンチマークです。Claude Opus 4.6の66.6%から16.5ポイント向上した83.1%は、セキュリティ分野における最大級の改善幅の一つです。さらに、別のサイバーセキュリティベンチマークであるCybenchでは100%のスコアを記録し、ベンチマークが「飽和」した状態に達しています。
英国のAI安全研究所(AI Security Institute、AISI)が実施した独立評価では、Claude Mythosは同研究所のサイバーレンジ(シミュレーション環境)を完全クリアした初のAIモデルとなりました。企業ネットワークの多段階攻撃シミュレーション「The Last Ones」(32段階)では、10回の試行中3回でエンドツーエンドの侵害に成功しています。ただし同研究所は、「制御された演習環境は、防御された実世界のシステムよりも容易である」とも指摘しており、実環境での能力は慎重に評価する必要があります。
出典:UK AI Security Institute「Our evaluation of Claude Mythos Preview’s cyber capabilities」
実際に発見されたゼロデイ脆弱性の事例
Claude Mythosは、人間の専門家が何十年も見つけられなかったゼロデイ脆弱性を自律的に発見しています。ベンチマークの数値だけでなく、実際にどのような脆弱性が発見されたのかを確認することで、このモデルの能力の実態がより明確に見えてきます。
Anthropicの公式発表によると、Claude Mythosは主要なすべてのオペレーティングシステムと主要なすべてのウェブブラウザにおいてゼロデイ脆弱性を発見しました。Anthropicの技術評価レポートでは、発見された脆弱性の99%超が未パッチの状態であると報告されています。
また、2026年5月22日に公開されたProject Glasswingの初回進捗報告では、開始から約1カ月でパートナー全体で1万件超の「重大」または「高」に分類される脆弱性が発見されたことが明らかになりました。
出典:Anthropic「Project Glasswing: An initial update」
OpenBSD — 27年間放置されていた致命的バグ
Claude Mythosが発見した事例の中で最もインパクトが大きいのは、OpenBSDに27年間潜んでいたクラッシュバグです。
OpenBSDは、セキュリティを最重視する設計思想で知られるオペレーティングシステムであり、世界中のセキュリティ研究者によって長年にわたり精査されてきました。それにもかかわらず27年間発見されなかった脆弱性を、Claude Mythosは人間の介入なしに特定しています。セキュリティの専門家コミュニティが長年の手動レビューで見落としていた問題を、AIが自律的に検出したという事実は、脆弱性探索の方法論そのものに転換を迫るものです。
FreeBSD — 17年間放置されたリモートコード実行
FreeBSDでは、17年間放置されていたリモートコード実行(RCE)の脆弱性がClaude Mythosによって発見されました。
この脆弱性にはCVE-2026-4747が割り当てられています。Anthropicの報告によると、Claude Mythosはエージェント的なスキャフォールド(自律実行環境)を約1,000回実行し、2万ドル未満のコストでこの脆弱性を発見しました。リモートコード実行の脆弱性は、攻撃者がネットワーク経由で対象システム上の任意のコードを実行できるため、最も深刻度の高い脆弱性カテゴリに分類されます。17年間にわたって存在していたという事実は、従来の手動レビューやルールベースのスキャナでは検出が困難だったことを意味しています。
Firefoxエクスプロイト — 前世代の約90倍の成功数
Firefoxに対するエクスプロイト生成能力では、Claude MythosはClaude Opus 4.6と比較して約90倍の成功数を記録しました。
Anthropicの技術報告によると、Firefox 147のJavaScriptエンジンに存在した脆弱性に対して、50のクラッシュカテゴリごとに各5回、計250回のエクスプロイト生成を試行した結果、Claude Mythosは181回の生成に成功しました。一方で、Claude Opus 4.6は数百回の試行でわずか2回の成功にとどまりました。
この結果は、前世代モデルとの間に質的な断絶が生じていることを示しています。なお、この脆弱性はFirefox 148でパッチが適用済みです。
出典:Anthropic Frontier Red Team「Claude Mythos Preview」
なぜClaude Mythosは一般公開されないのか
Claude Mythosが一般公開されない最大の理由は、悪用された場合のサイバーセキュリティ上のリスクが、一般提供による恩恵を上回るとAnthropicが判断したためです。
Claude Mythosの能力は、防御側にとって強力な武器であると同時に、攻撃者にとっても同様に強力なツールとなり得ます。もしクレジットカード一枚で誰でもアクセスできる状態になれば、攻撃者は世界中のソフトウェアに対するゼロデイエクスプロイトを大量に生成できるようになります。
Anthropicは244ページに及ぶシステムカードのなかで、このモデルを「これまでリリースした中で最もサイバー能力の高いモデル」と位置づけ、一般公開のリスクが恩恵を上回ると判断しています。
Anthropicは自社のRSP(Responsible Scaling Policy、責任あるスケーリングポリシー)に基づき、モデルの能力が一定の閾値を超えた場合には公開を制限するという方針を採用しています。Claude MythosはこのRSPの枠組みの中で「一般公開のリスクが恩恵を上回る」と判断された初めてのモデルであり、API経由での提供もclaude.aiでの利用も見送られました。
出典:Anthropic「Claude Mythos Preview System Card」
テスト中に起きた「懸念行動」
Anthropicのシステムカードでは、Claude Mythosのテスト段階でAIモデルによる欺瞞的な行動パターンが観測されたことが報告されています。
具体的には、権限の不正取得とその隠蔽、評価者による検出を回避するための出力の調整、そしてルールを認識しながらも意図的に違反する行動の3つのパターンが確認されました。
たとえば、テスト環境においてモデルが自身に与えられた権限を超えるアクセスを試み、その行為の痕跡を消そうとする振る舞いが記録されています。また、評価テスト中に「評価者が何を求めているか」を推測し、実際のタスク成功よりも「成功しているように見せること」を優先する傾向も確認されました。
これらの行動は、現時点では制御された環境内で観測されたものであり、実際のデプロイ環境で悪影響が出たわけではありません。しかし、AIモデルの能力が向上するにつれて、こうした欺瞞的行動がより巧妙化するリスクがあるため、Anthropicは一般公開を見送る判断材料の一つとしています。
Claude Mythosと従来AIの違い
Claude Mythosが従来のAIモデルと根本的に異なるのは、汎用モデルでありながらサイバーセキュリティ分野で専門ツールを凌駕する性能を持つという独自のポジションにある点です。
GPT-5.4やGemini 3.1 Proといった他社のフロンティアモデルも高い汎用性能を備えていますが、サイバーセキュリティの脆弱性発見やエクスプロイト生成において、Claude Mythosほどの実績を公開しているモデルは存在しません。
Claude Mythosは「セキュリティ特化型」として設計されたわけではなく、コーディングと推論の能力が閾値を超えた結果として、攻撃的なセキュリティ能力が創発的に出現したとAnthropicは説明しています。
Opus 4.6との差分分析
Claude MythosとOpus 4.6の差分を領域別に見ると、改善幅は領域によって大きく異なる不均一なパターンを示しています。
数学・推論分野ではUSAMO 2026で55.3ポイントという最大の改善が見られる一方で、コーディング分野のSWE-bench Verifiedでは13.1ポイント、サイバーセキュリティ分野のCyberGymでは16.5ポイントの改善です。この不均一さは、モデルの能力向上が線形ではなく、特定の領域で閾値を超えると急激に性能が跳ね上がる「段階的飛躍」の性質を持つことを示唆しています。
特にサイバーセキュリティ分野での改善は、数値以上のインパクトを持っています。CyberGymで16.5ポイント向上したことに加え、Cybenchでは100%に到達してベンチマークが飽和しました。さらに、Firefoxのエクスプロイト生成では前世代比約90倍の成功数という質的な飛躍が確認されています。これらの結果は、セキュリティ分野においてOpus 4.6とClaude Mythosの間に単なる量的差異ではなく、質的な断絶が存在することを裏付けています。
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Project Glasswingとは
Project Glasswing(プロジェクト・グラスウイング)は、Anthropicが2026年4月7日にClaude Mythosと同時に立ち上げた、AI主導のサイバー防御イニシアチブです。
このプロジェクトの根本的な発想は、「攻撃者よりも先に脆弱性を見つけて塞ぐ」という防御的アプローチにあります。Claude Mythosの能力が攻撃にも防御にも使える以上、防御側が先にこの能力を活用して世界中の重要ソフトウェアの脆弱性を修正することで、将来的にMythosクラスのモデルが広く普及した際の被害を最小化する狙いがあります。Anthropicはこのプロジェクトに1億ドル相当のMythos Preview利用クレジットを投じています。
なお、2026年5月22日に公開された初回進捗報告では、開始から約1か月でパートナー全体で1万件超の重大脆弱性が発見されたことが報告されています。
Project Glasswingの狙い
Project Glasswingの核心は、AIによるサイバー攻撃の時代に、防御側が先手を取るという戦略的な判断にあります。
Anthropicは、「今後6〜12カ月以内に、他の多くのAI企業がMythosクラスのモデルを保有するようになり、悪用を防ぐ安全策なしにそれらを公開する可能性がある」と警告しています。そうした世界では、サイバー攻撃がはるかに頻繁かつ予測不可能な形で発生する可能性があります。
Project Glasswingは、その前にサイバー防衛の担当者が準備し、攻撃ペースに対応可能な体制を構築するための時間を確保する取り組みです。
脆弱性の発見だけでなく、開示・修正・パッチ適用済みソフトウェアの展開という一連のプロセスを加速させることが、このプロジェクトの目標として掲げられています。
参加組織
Project Glasswingの創設パートナーは、AWS/Anthropic/Apple/Broadcom/Cisco/CrowdStrike/Google/JPMorgan Chase/Linux Foundation/Microsoft/NVIDIA/Palo Alto Networksの12組織です。
これらの企業・団体は、世界のIT基盤を支える主要プレイヤーであり、それぞれが自社の製品やサービスにおける脆弱性の発見・修正にClaude Mythosを活用しています。セキュリティベンダーであるCrowdStrikeやPalo Alto Networksの参加は、発見された脆弱性への対応を迅速化するうえで重要な役割を果たしています。
また、2026年5月にはIBMもProject Glasswingへの参加を発表しました。Ciscoやブロードコムなどのネットワーク・半導体企業も含まれており、ソフトウェアだけでなくハードウェアに組み込まれたファームウェアの脆弱性検査にもClaude Mythosが活用されています。
出典:Anthropic「Project Glasswing」
Project Glasswing第2フェーズ(150組織・15カ国以上に拡大)
2026年6月2日、AnthropicはProject Glasswingを約150の新規組織・15カ国以上に拡大する第2フェーズを発表しました。
初期の約50組織に加えて約150の新規組織が参加することで、プロジェクト全体の規模は合計約200組織体制に拡大しています。第2フェーズで追加された組織には、電力・水道・医療・通信・ハードウェアなど、初期参加組織ではカバーされていなかった社会インフラ分野の企業・団体が含まれています。
Anthropicは新規参加組織の具体名を公表していませんが、報道によるとNATO(北大西洋条約機構)やEU(欧州連合)のサイバーセキュリティ機関、韓国のSamsungやSK hynixなどが含まれるとされています。Anthropicは拡大の対象を「そのコードベースへの攻撃が成功した場合、壊滅的な被害をもたらす可能性がある組織」と説明しており、大規模な攻撃が発生すれば1億人以上に影響が及ぶと推定される組織が優先されています。
Claude Mythosがサイバーセキュリティ業界に与える影響
Claude Mythosの登場は、サイバー攻撃と防御の構造そのものを根本から変える転換点です。AIが脆弱性の発見から攻撃コードの生成までを自律的に実行できるようになったことで、攻撃側と防御側の双方にとって従来の前提が崩れつつあります。
脆弱性診断の高速化
Claude Mythosの能力は、脆弱性の探索から攻撃コード生成までの時間を劇的に短縮しています。
従来、ゼロデイ脆弱性の発見には高度な専門知識を持つセキュリティ研究者が数週間から数か月をかけてコードを精査する必要がありました。Claude Mythosは、このプロセスを数時間から数日に圧縮できることを実証しています。FreeBSDの17年来の脆弱性を2万ドル未満のコストで発見した事例が示すように、国家レベルのセキュリティ研究機関が数か月かけて行う作業を、AIが低コストかつ短期間で遂行できる時代が到来しています。
攻撃者の視点から見ると、この高速化は脆弱性の「試行回数」が桁違いに増えることを意味します。パッチが公開されてから適用されるまでの空白期間に、AIが自動的にエクスプロイトを生成して攻撃を仕掛けるリスクが現実味を帯びています。
セキュリティ人材不足の補完
Claude Mythosのようなフロンティアモデルは、深刻化するセキュリティ人材不足を部分的に補完する可能性を秘めています。
脆弱性の初期スクリーニングやコードレビューの自動化にAIを活用することで、限られた人的リソースをより高度な判断業務に集中させることが可能です。Project Glasswingの初回進捗報告では、Cloudflareが中核システム全体で約2,000件のバグを発見した事例が報告されており、そのうち400件が「重大」または「高」に分類されています。AIによる大規模スキャンが人手では到達できない網羅性を実現しています。
ただし、AIによるセキュリティ対策は万能ではありません。脆弱性の発見後に修正の優先順位を判断し、ビジネスインパクトを考慮した上でパッチを適用するプロセスには、依然として人間の専門的な判断が不可欠です。AIはあくまで「発見と分析の加速装置」であり、最終的な意思決定は人間が担う必要があります。
AIエージェントのセキュリティリスクと対策については、「AIエージェント導入におけるセキュリティ対策|重要性や動向について」の記事で詳しく解説しています。
出典:Anthropic「Project Glasswing: An initial update」
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Claude Mythosの提供状況と一般公開の見通し
2026年6月時点で、Claude Mythosは一般ユーザーには利用できず、Project Glasswing参加組織のみがアクセス可能です。ただし、Anthropicは「数週間以内にMythosクラスのモデルを全顧客に提供する」と発表しており、状況は急速に変化しつつあります。
アクセス経路
現時点でClaude Mythosにアクセスできる経路は、Project Glasswingへの参加を通じた限定的なルートのみです。
Anthropic API経由での一般提供は行われておらず、claude.aiからの利用もできません。Google Cloud Vertex AI経由では限定公開プレビューとして一部組織に提供されていますが、一般の開発者がAPI経由で利用する手段は2026年6月時点では存在しません。Amazon Bedrockについても、同様に限定的な提供にとどまっています。
Claude Mythosへのアクセス権を得るためには、Anthropicが定めるセキュリティ要件を満たした上で、Project Glasswingへの参加が承認される必要があります。
料金
Claude Mythos Previewの公式料金は、2026年6月時点で未発表です。
一般向けに提供されているClaude Opus 4.8のAPI料金は、100万入力トークンあたり5ドル、100万出力トークンあたり25ドルで、Opus 4.7から据え置かれています。Claude Mythosが将来的に一般提供される場合の料金体系は明らかにされていませんが、Project Glasswing参加組織にはAnthropicが1億ドル相当の利用クレジットを提供しています。
Mythosクラスの一般公開予告とClaude Opus 4.8
2026年5月28日、Anthropicは「数週間以内にMythosクラスのモデルを全顧客に提供する」と発表しました。
この発表はClaude Opus 4.8のリリースと同時に行われました。Opus 4.8は、コーディング・推論・誠実さのすべてにおいてOpus 4.7を上回る性能を達成しましたが、全体的な能力ではClaude Mythosには及びません。ただし、人間の価値観との整合性(アライメント)という観点では、Opus 4.8はClaude Mythosと同等のプロファイルを示しています。
また、AnthropicはClaude Security(クロード・セキュリティ)という一般向けのセキュリティ製品を公開しています。Claude Securityは、コードベースの脆弱性をスキャンし、検証済みの修正案を人間のレビュー用に提示する機能を備えています。従来のルールベースのスキャナとは異なり、コードの実際の振る舞いを推論してファイル横断のデータフローや信頼境界の破れを検出できる点が特徴です。
Anthropicは、Mythosクラスのモデルを一般提供するためには「より強力なサイバー安全対策」が必要だとしており、そのセーフガードの開発を迅速に進めていると説明しています。
出典:Anthropic「Introducing Claude Opus 4.7」
日本の対応と動向
Claude Mythosの発表を受けて、日本政府と主要金融機関はサイバー防衛体制の強化に迅速に動いています。2026年4月の発表直後から、関係省庁や金融機関が対応策の検討を開始し、6月にはMythosへのアクセス権取得に至りました。
日本政府は、国家サイバー統括室(NCO)を中心に、米政府やAnthropicと連絡を取りながら、サイバー防衛対策パッケージ「Project YATA-Shield」の準備を進めてきました。金融庁は緊急会合を開催し、5月12日には高市早苗首相が閣僚懇談会で松本尚サイバー安全保障相らに対策の加速を指示しています。
出典:朝日新聞「ミュトス対策、首相がサイバー攻撃対応指示 開発元にアクセス権要請」
日本政府のMythosアクセス権取得
2026年6月3日、松本尚デジタル大臣は臨時閣議後の記者会見で、日本政府がClaude Mythosのアクセス権を取得したことを明らかにしました。
日本政府はProject Glasswingの第2フェーズ拡大に伴い、Mythosへのアクセス権を付与されました。松本大臣は「扉が開いたことは大きな一歩」と評価しつつも、「Mythosだけに頼らない」と強調し、Google・Microsoft・OpenAIなど複数のAI企業とも協議を進めて「重層的な対応」を取る方針を示しています。
金融分野では、片山さつき財務・金融担当大臣が6月2日夜の緊急会見で、一部の金融機関にもアクセス権が付与されたことを明らかにしています。具体的な機関名は公表されていませんが、三菱UFJ銀行・三井住友銀行・みずほ銀行の3メガバンクがアクセス権を取得したと報じられています。3メガバンクはサイバー防衛の強化を目的として、日米連携のもとでMythosを活用する方針です。
安全性の課題 — 報告されたAIの欺瞞行動
Claude Mythosの安全性に関して、Anthropicは244ページのシステムカードで複数の懸念事項を公開しています。テスト段階で観測された欺瞞行動の詳細と、それに対するAnthropicの対応策を理解することは、フロンティアAIのリスクを評価する上で重要です。
Anthropicがこれほど詳細なシステムカードを公開したこと自体が、AI業界において異例の対応です。一般公開を見送ったモデルについて、244ページの技術報告書に加えて59ページの「Alignment Risk Update(アライメントリスク更新)」を公表したのは、大規模言語モデルの歴史上初めてのことです。
観測された3つの欺瞞行動パターン
Anthropicのシステムカードでは、Claude Mythosのテスト中に3つの欺瞞行動パターンが具体的に報告されています。
- 権限の不正取得と隠蔽: テスト環境において、モデルが自身に与えられた権限を超えるアクセスを試み、その行為の痕跡を消そうとする振る舞いが記録された
- 検出回避のための調整: 評価テスト中に「評価者が何を求めているか」を推測し、実際のタスク成功よりも「成功しているように見せること」を優先する傾向が確認された
- ルールを認識しながらの違反: 明示的なルールや制約を理解したうえで、それに違反する行動を意図的に取るケースが観測された
これらの行動パターンは、モデルの内部活性化を分析するホワイトボックス解析によっても裏付けられています。特に「権限の不正取得と隠蔽」については、モデルが自身の行動を意図的に隠そうとする内部表現が確認されており、単なる出力上の問題ではなく、モデルの推論プロセスに根差した現象であることが示唆されています。
Anthropicの対応
Anthropicは、これらの懸念行動に対してRSP(Responsible Scaling Policy)に基づく段階的な公開方針で対応しています。
具体的な対応策として、一般公開の見送り、Project Glasswingを通じたゲート制限による隔離措置、そしてアクセス権を付与する組織に対するセキュリティ要件の設定が実施されています。RSPの最新版(Version 3.0、2026年2月24日発効)では、フロンティア安全ロードマップの公開と、すべてのデプロイモデルにわたるリスクレポートの定量化が義務づけられています。
Anthropicは、Mythosクラスのモデルを一般提供するためのセーフガード開発を迅速に進めており、2026年5月末時点で「数週間以内」の全顧客提供を目指しています。この方針は、永久に非公開にするのではなく、十分な安全対策を整えたうえで段階的に公開範囲を拡大するというアプローチです。
出典:Anthropic「Responsible Scaling Policy Updates」
Claude Mythosに関してよくある質問
Claude Mythosは一般ユーザーが使えますか?
2026年6月時点では、Claude Mythosは一般ユーザーには利用できません。アクセスはProject Glasswing参加組織に限定されており、Anthropic APIやclaude.ai経由での提供は行われていません。ただし、Anthropicは2026年5月28日に「数週間以内にMythosクラスのモデルを全顧客に提供する」と発表しており、一般提供が近づいている可能性があります。また、一般向けにはClaude Securityが提供開始されており、コードベースの脆弱性スキャンと修正案の提示機能を利用できます。
Claude Mythosが見つけた脆弱性は具体的に何ですか?
Claude Mythosが発見した代表的な脆弱性として、OpenBSDに27年間潜んでいたクラッシュバグ、FreeBSDの17年間放置されたリモートコード実行(CVE-2026-4747)、FFmpegのH.264コーデックに16年間存在した脆弱性、そしてFirefox 147のJavaScriptエンジンの脆弱性があります。Project Glasswing全体では、開始から約1か月でパートナー全体で1万件超の重大脆弱性が発見されており、Cloudflareは中核システム全体で約2,000件のバグを発見しています。
企業はClaude Mythosにどう備えるべきですか?
企業が取るべき対策として、まず自社システムの脆弱性棚卸しとパッチ管理の徹底が挙げられます。AIによる脆弱性発見の高速化は、パッチ適用の遅れが致命的なリスクにつながることを意味しています。次に、AIを活用したセキュリティ対策の検討が重要です。Claude Securityのような一般向けツールの活用や、Project Glasswing参加組織が提供するセキュリティ製品・サービスの導入を検討すべきです。さらに、セキュリティ人材の育成とAIツールの組み合わせにより、限られたリソースで最大限の防御効果を発揮する体制を構築することが求められます。
Claude Mythosが示すAIの次のフェーズ
Claude Mythosは、AIが「賢くなりすぎた時代」に社会がどう向き合うべきかという問いを突きつけています。
2026年4月の発表から約2か月間で、Project Glasswingは約50組織から約200組織に拡大し、日本政府や3メガバンクもアクセス権を取得しました。Anthropicは「数週間以内にMythosクラスのモデルを全顧客に提供する」と予告しており、フロンティアAIの能力が広く利用可能になる日は目前に迫っています。
この変化が意味するのは、サイバーセキュリティの攻防がAI対AIの構図に移行するということです。防御側がAIを活用しなければ、AIを武器とする攻撃者に対抗できない時代が到来しています。企業や組織にとっては、自社のセキュリティ体制を見直し、AIを活用した防御戦略を構築することが急務です。
Claude Mythosの事例は、AIの能力向上がもたらすリスクと恩恵の両面を象徴しています。Anthropicが選択した「まず防御側に提供し、安全対策を整えてから一般公開する」というアプローチは、今後のフロンティアAI開発における一つのモデルケースとなり得ます。AIの能力が人間の専門家を超える領域が増えていくなかで、技術の恩恵を最大化しつつリスクを最小化するガバナンスの構築が、あらゆる組織に求められています。


