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量子コンピュータとは?仕組み・種類・活用事例をわかりやすく解説

量子コンピュータとは?

量子コンピュータとは、量子力学の原理を応用し、従来のコンピュータでは解くことが困難な複雑な計算を高速に処理できる次世代の計算機です。

しかし、量子コンピュータとはそもそも何を意味するのか、従来のコンピュータやスーパーコンピュータとはどう違うのか、実際にどのような分野で活用できるのか、そして実用化に向けた課題は何かといった疑問を持つ方も多いのではないでしょうか。

本記事では、量子コンピュータの定義や仕組みから、種類の比較、活用事例、実用化に向けた課題、セキュリティへの影響、そして今後の展望まで、JAPAN AIが網羅的に解説します。

量子コンピュータとは

量子コンピュータとは、量子力学の原理を応用して計算を行う次世代のコンピュータです。

従来のコンピュータが「0」か「1」のビットで情報を処理するのに対し、量子コンピュータは「量子ビット」と呼ばれる情報単位を使います。量子ビットは「重ね合わせ」という量子力学特有の性質により、0と1を同時に保持できます。この性質を活かすことで、量子コンピュータは膨大な数の計算パターンを扱うことができ、組み合わせ最適化や分子シミュレーションなど、従来のコンピュータでは天文学的な時間を要する計算を効率的に処理できる可能性を持ちます。

なお、2019年にGoogleが54量子ビットのプロセッサ「Sycamore」(うち53量子ビットが稼働)を用いて、当時の最速スーパーコンピュータで約1万年かかるとされた計算をわずか200秒で実行し、「量子超越性」を示したと発表しました。この成果を契機に、量子コンピュータへの注目は一気に高まり、各国政府や大手テクノロジー企業が開発競争を本格化させています。

量子コンピュータは万能な計算機ではなく、特定の問題領域で従来の限界を突破する技術として位置づけられています。その可能性を正しく理解することが、ビジネスにおける戦略的な判断の第一歩です。

出典:Google Research Blog「Quantum Supremacy Using a Programmable Superconducting Processor」

従来のコンピュータとの違い

量子コンピュータと従来のコンピュータの最大の違いは、情報処理の基本単位と表現可能な状態数の増え方にあります。

従来のコンピュータはビットを基本単位とし、0か1の2値で情報を処理します。一方で、量子コンピュータは量子ビットを使い、重ね合わせの性質によって0と1の組み合わせを表現可能です。この違いにより、ビット数を増やしたときの表現可能な状態数の増え方が根本的に異なります。

従来のコンピュータではある時点で表現される状態は1通りであるのに対し、量子コンピュータでは量子ビット数が1つ増えるごとに表現可能な状態数が2倍に増え、計算空間が拡大します。

比較項目従来のコンピュータ量子コンピュータ
情報の最小単位ビット(0か1)量子ビット(0と1の重ね合わせ)
表現可能な状態数の増え方ある時点で1通り量子ビット数に対して2のN乗
得意な計算逐次処理、日常的な演算組み合わせ最適化、分子シミュレーション
動作環境常温で動作方式により異なる(超伝導方式は絶対零度付近の極低温が必要)
エラー耐性高い(安定した動作)低い(ノイズに弱く、エラー訂正が課題)

両者は競合するものではなく、それぞれの得意領域を活かして補完し合う関係です。

情報の最小単位:「ビット」と「量子ビット」

従来のコンピュータの情報単位であるビットと、量子コンピュータの量子ビットでは、情報を表現できる状態の数が根本的に異なります。

ビットはコインの表裏のように、常に「0」か「1」のどちらか一方の値しか取れません。10個のビットがあれば、ある瞬間に表現できる状態は10個の0または1の組み合わせ、すなわち1通りの状態だけです。これに対して量子ビットは、コインが空中で回転している最中のように、0と1の両方の可能性を同時に持つ「重ね合わせ」状態を取れます。10個の量子ビットがあれば、2の10乗、すなわち1,024通りの状態を重ね合わせとして表現可能です。

この違いが量子ビット数の増加に伴い劇的に拡大します。50個の量子ビットでは約1,000兆通りの状態を重ね合わせとして扱えるため、古典コンピュータでは現実的な時間内に探索しきれない膨大な計算空間を、量子コンピュータは効率的に処理できる可能性を持ちます。

量子ビットの重ね合わせは、量子コンピュータの計算能力を支える最も基本的な性質であり、この原理を理解することが量子コンピュータ全体の仕組みを把握する出発点です。

量子コンピュータが得意な計算領域

量子コンピュータは、選択肢の組み合わせが爆発的に増える問題において、従来のコンピュータを大きく上回る計算効率を発揮します。

膨大な選択肢の中から最適な答えを見つける組み合わせ最適化問題は、量子コンピュータが最も得意とする領域です。たとえば、100か所の配送先を回る最短ルートを求める場合、選択肢は10の157乗通りを超え、スーパーコンピュータでも現実的な時間内に最適解を見つけることは困難です。量子コンピュータは重ね合わせと干渉の性質を活かし、このような問題の解空間を効率的に探索できます。

分子シミュレーションも量子コンピュータの強みが活きる分野です。分子の振る舞いは本質的に量子力学に従うため、量子コンピュータで直接シミュレーションすることで、古典コンピュータでは近似に頼らざるを得なかった高精度な計算が可能です。

一方で、メールの送受信や文書作成、データベース検索といった日常的な処理は、従来のコンピュータの方が圧倒的に効率的です。量子コンピュータは万能な計算機ではなく、特定領域の難問を解くための専門的な道具として、従来のコンピュータと使い分けることが重要です。

量子コンピュータの仕組み

量子コンピュータの計算は、量子力学に関わる4つの重要概念を理解することで把握できます。

重ね合わせ、量子もつれ、干渉という3つの性質が計算資源として機能し、デコヒーレンスがその精度を脅かす課題として存在します。重ね合わせが計算空間を広げ、量子もつれが量子ビット間の連携を可能にし、干渉が正しい答えを絞り込む一方、デコヒーレンスによって量子状態が崩れるリスクを常に抱えています。これらの概念を順に理解することで、量子コンピュータがなぜ特定の問題で高い性能を発揮するのか、その本質が見えてきます。

以下が量子コンピュータを理解するうえで重要な4つの概念です。

  • 重ね合わせ:量子ビットが0と1を同時に保持し、計算空間を拡大する性質
  • 量子もつれ:複数の量子ビットが強く相関し、連動して動作する性質
  • 干渉:正しい答えの確率を強め、不要な候補を打ち消す性質
  • デコヒーレンス:外部ノイズにより量子状態が崩れる現象(課題)

重ね合わせ

重ね合わせとは、量子ビットが0と1の両方の状態を同時に保持できる性質であり、量子コンピュータの計算空間を指数関数的に拡大する出発点です。

日常的な感覚では、スイッチはオンかオフのどちらか一方ですが、量子ビットの重ね合わせはこの常識を覆します。量子力学の世界では、粒子は観測されるまで複数の状態を同時に持つことが可能であり、この性質を量子ビットに応用しています。コインを回転させている最中は表でも裏でもない中間状態にあるように、量子ビットも0と1が確率的に混在した状態を取ります。

この重ね合わせにより、N個の量子ビットは2のN乗通りの状態を重ね合わせとして表現できます。古典コンピュータが1つずつ順番に計算パターンを試す必要があるのに対し、量子コンピュータは多数の可能性を扱えます。ただし、測定時に得られる結果は1つであるため、干渉を用いて正しい答えの確率を高める設計が不可欠です。重ね合わせは量子コンピュータの計算能力を支える最も根源的な原理です。

量子もつれ

量子もつれとは、複数の量子ビットが強く相関し、測定結果に強い相関が現れる現象です。

2つの量子ビットが「もつれた」状態にあるとき、それらは物理的にどれだけ離れていても互いの測定結果が連動します。一方の量子ビットを観測して0と確定すれば、もう一方は即座に対応する状態に確定します。アインシュタインはこの現象を「不気味な遠隔作用」と呼びましたが、量子力学の実験で繰り返し実証されています。ただし、この相関は光速を超えて情報を伝送するものではありません。

量子コンピュータの計算において、量子もつれは量子ビット間の相関の形成に重要な役割を果たします。もつれがなければ、各量子ビットは独立に動作するだけで、複雑な問題の構造を量子ビット間で表現することができません。もつれによって量子ビット同士が協調して動作し、問題全体の構造を計算に反映できるため、複雑な最適化問題や暗号解読といった計算が可能です。

量子もつれは重ね合わせと並ぶ量子コンピュータの根幹技術であり、この2つの原理が組み合わさることで、従来の計算機では実現できない計算プロセスが生まれます。

干渉

干渉とは、量子状態が重なり合うことで正しい答えの確率を強め、不要な候補を打ち消す性質です。重ね合わせによって量子コンピュータは膨大な計算パターンを同時に保持できますが、そのままでは正しい答えを取り出すことができません。

量子コンピュータが答えを「絞り込む」ために使うのが干渉です。波が重なると強め合ったり打ち消し合ったりするように、量子状態も互いに干渉し合います。量子回路の設計では、正しい答えに対応する量子状態が強め合い、間違った答えに対応する状態が打ち消し合うように、量子ゲートの操作を精密に組み立てます。

この干渉のメカニズムがなければ、量子コンピュータは多くの候補を同時に保持できても、最終的に正しい答えを高い確率で得ることができません。干渉は、重ね合わせで広げた計算空間から有用な結果を効率的に抽出する、量子コンピュータ特有のフィルタリング機構です。

デコヒーレンス

デコヒーレンスとは、量子ビットが外部環境のノイズや熱の影響を受けて量子状態を維持できなくなる現象です。

量子ビットの重ね合わせや量子もつれは非常に繊細な状態であり、周囲の電磁波や温度変動、振動といったわずかな外部干渉によって崩壊します。デコヒーレンスが発生すると、量子ビットは量子的な性質を失い、古典的な0か1のどちらかの状態に固定されてしまいます。計算の途中でデコヒーレンスが起きれば、重ね合わせや量子もつれを活用した計算が破綻し、正確な結果を得ることができません。

このため、現在の超伝導方式の量子コンピュータは絶対零度に近い極低温環境で動作させ、量子ビットの量子状態をできるだけ長く保持する工夫がなされています。イオントラップ方式や中性原子方式など、異なるハードウェア方式ではそれぞれ固有の環境制御が求められます。いずれの方式でも量子ビットが量子状態を維持できる時間は限られており、デコヒーレンスの克服は量子コンピュータの実用化における最大の技術的課題の一つです。

量子コンピュータの種類

量子コンピュータは、計算方式によって大きく「量子ゲート方式」と「量子アニーリング方式」の2つに分類されます。

両方式は設計思想や得意とする問題領域が異なり、それぞれ異なる用途で開発が進んでいます。量子ゲート方式は汎用的な計算が可能で、暗号解読や分子シミュレーションなど幅広い問題に対応できます。一方で、量子アニーリング方式は組み合わせ最適化問題に特化しており、実用化が先行しています。

比較項目量子ゲート方式量子アニーリング方式
計算の汎用性汎用型(幅広い問題に対応)特化型(最適化問題に特化)
得意な問題暗号解読、分子シミュレーション、機械学習組み合わせ最適化(配送ルート、スケジューリング等)
代表的な開発企業IBM、Google、富士通、理化学研究所D-Wave Systems
主なハードウェア方式超伝導、イオントラップ、中性原子超伝導(量子アニーリング専用設計)
実用化の段階研究開発段階(NISQ〜FTQC移行期)一部で商用利用が開始

量子ゲート方式

量子ゲート方式は、量子ゲートと呼ばれる基本操作を組み合わせて計算を行う汎用型の量子コンピュータです。

古典コンピュータがANDやORなどの論理ゲートを組み合わせて計算するのと同様に、量子ゲート方式では量子ビットに対する回転操作や制御操作を量子回路として設計し、任意の計算を実行します。理論上はあらゆる種類の計算問題に対応できる汎用性を持ち、暗号解読や創薬のための分子シミュレーション、AI機械学習の高速化など、幅広い応用が期待されています。

ハードウェアの実装方式も多様であり、超伝導方式やイオントラップ方式、中性原子方式などが研究されています。超伝導方式はIBMやGoogleが採用し、高速な量子ゲート操作が可能です。

イオントラップ方式はIonQやQuantinuumが開発を進め、量子ビットの接続性が高い点が特徴です。日本では理化学研究所と富士通が超伝導方式で国産量子コンピュータ「叡」シリーズを開発しており、2026年3月には144量子ビットの「叡-Ⅱ」が稼働を開始しています。

量子ゲート方式は、将来的に誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)が実現すれば、社会に大きなインパクトを与える技術です。

出典:理化学研究所「量子コンピュータ『叡-Ⅱ』の運用開始」

量子アニーリング方式

量子アニーリング方式は、組み合わせ最適化問題に特化した量子コンピュータです。

この方式は、物理学における「焼きなまし」(アニーリング)の概念を量子力学に応用しています。系のエネルギーが最も低い状態を探索することで、最適化問題の有力な解を探索します。量子力学の「量子トンネル効果」により、古典的な手法では乗り越えにくいエネルギー障壁を透過し、より効率的に良い解に到達できる可能性があります。

カナダのD-Wave Systems社が世界で初めて量子アニーリング方式のコンピュータを商用化しました。第5世代のAdvantageでは5,000量子ビット以上を実現し、2025年に一般提供を開始した最新の第6世代Advantage2では4,400量子ビット以上を搭載しています。Advantage2は量子ビット数よりもコヒーレンス時間や接続性の向上に重点を置いた設計です。

物流における配送ルートの最適化、工場の生産スケジューリング、金融ポートフォリオの最適化など、選択肢の組み合わせが膨大になる実務的な問題で導入が進んでいます。

量子ゲート方式と異なり汎用的な計算はできませんが、最適化問題に限定すれば実用化が最も進んでいる方式であり、企業が量子コンピュータの恩恵をいち早く体感できる選択肢です。

出典:D-Wave Quantum「D-Wave Announces General Availability of Advantage2 Quantum Computer」

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量子コンピュータの活用事例

量子コンピュータは、創薬・金融・物流・製造業・AI(人工知能)といった幅広い分野で、従来の計算手法では解決が困難だった課題への活用に向けた実証・検討が進んでいます。

各分野に共通するのは、膨大な選択肢の中から最適な解を見つける「組み合わせ最適化」や、分子レベルの複雑な振る舞いを再現する「量子シミュレーション」が求められる点です。NEDOは2026年4月に「量子コンピューター ユースケース事例集 第二版」を公開し、製造・交通・エネルギー・創薬・金融など幅広い分野における最新のユースケースを俯瞰的に整理しています。

以下が量子コンピュータの主な活用分野です。

  • 創薬・医療:分子シミュレーションによる新薬候補の探索
  • 金融:ポートフォリオ最適化やリスク評価の高速化
  • 物流・交通:配送ルートや交通流の最適化
  • 製造業:新素材開発や生産スケジューリングの効率化
  • AI・機械学習:量子機械学習による学習プロセスの高速化

出典:NEDO「量子コンピューター ユースケース事例集 第二版を公開」

創薬・医療

量子コンピュータは、創薬・医療分野において分子シミュレーションの高速化による新薬候補の探索に貢献する可能性があります。

新薬の開発では、候補となる化合物が体内のタンパク質とどのように結合するかを予測する分子シミュレーションが不可欠です。しかし、分子の振る舞いは量子力学に従うため、古典コンピュータで正確にシミュレーションするには膨大な計算資源が必要であり、近似計算に頼らざるを得ないのが現状です。

量子コンピュータは量子力学の原理をそのまま計算に活用できるため、分子の挙動をより高精度にシミュレーションし、従来は見落とされていた有望な薬剤候補を発見できる可能性があります。

新薬の開発には長い期間と大きな費用がかかるとされており、量子コンピュータによるシミュレーション高速化は、開発期間の短縮とコスト削減の両面で大きな効果が期待されています。

金融

金融分野では、量子コンピュータがポートフォリオ最適化やリスク評価の計算速度を飛躍的に向上させる可能性を持ちます。

資産運用におけるポートフォリオ最適化では、数千種類の金融商品の中からリスクとリターンのバランスが最適な組み合わせを見つける必要があります。金融商品の数が増えるほど選択肢は指数関数的に増大し、古典コンピュータでは計算に膨大な時間がかかります。量子コンピュータは、この組み合わせ最適化問題を効率的に解くことで、より精度の高い投資判断を短時間で導き出せる可能性があります。

また、デリバティブ(金融派生商品)の価格算出に使われるモンテカルロシミュレーションの高速化も有望な応用領域です。国内ではメガバンクを中心に量子コンピュータを活用した実証実験が進んでおり、リスク管理の精度向上と意思決定の迅速化が期待されています。

物流・交通

物流・交通分野では、量子コンピュータが配送ルートや交通流の最適化に大きな効果を発揮する可能性があります。

配送ルートの最適化は「巡回セールスマン問題」として知られる典型的な組み合わせ最適化問題です。配送先が増えるほど可能なルートの数は爆発的に増加し、100カ所の配送先では10の157乗通りを超える選択肢が生まれます。古典コンピュータでは近似解を求めるのが精一杯ですが、量子コンピュータは重ね合わせと干渉を活用して、より最適に近い解を効率的に探索できます。

交通渋滞の解消にも量子コンピュータの活用が検討されています。都市部の交通流をリアルタイムで最適化するには、信号制御やルート誘導を同時に計算する必要があり、量子コンピュータの計算能力が活かせる領域です。物流コストの削減とCO2排出量の低減を同時に実現できる可能性を持つ点で、社会的なインパクトも大きい応用分野です。

製造業

製造業では、量子コンピュータが新素材開発の分子モデリングと生産スケジューリングの最適化に貢献する可能性があります。

新素材の開発では、原子や分子の組み合わせを変えながら望ましい特性を持つ材料を探索します。量子コンピュータは分子レベルのシミュレーションを高精度に実行できるため、実験を繰り返すことなく有望な材料候補を絞り込むことが期待されています。自動車業界では、電気自動車のバッテリー性能を左右する電解質材料の探索に量子コンピュータの活用が検討されています。

生産スケジューリングの最適化も、量子コンピュータの強みが活きる領域です。複数の製品ラインの稼働順序や部品の調達タイミングを同時に最適化する問題は、選択肢の組み合わせが膨大になるため、古典コンピュータでは最適解を求めることが困難です。量子コンピュータによる最適化は、生産効率の向上とコスト削減を両立させる手段として注目されています。

製造業におけるAI活用の最新事例については、「製造業でのAI活用事例12選!導入メリットからおすすめツールまでを解説」の記事もあわせてご覧ください。

AI・機械学習

量子コンピュータとAI・機械学習の融合は、学習プロセスの高速化と新たなデータパターンの発見につながる可能性がある領域として注目されています。

量子機械学習と呼ばれるこの分野では、量子コンピュータの計算能力を活かして機械学習の学習速度を向上させる研究が進んでいます。古典コンピュータでは、大規模なデータセットの学習に膨大な計算時間が必要ですが、量子コンピュータは高次元の特徴空間を効率的に探索できる可能性があるため、従来のAIでは発見が難しかったデータ間の複雑なパターンや相関関係を検出できる可能性があります。

ただし、量子機械学習の実用的な優位性はまだ研究段階にあり、どのような問題で古典的な手法を上回るかの検証が続いています。量子コンピュータとAIの融合は、創薬や材料科学、金融リスク分析など、複雑なデータ解析が求められる分野で新たな価値を生み出す可能性を秘めています。

機械学習の基本的な仕組みや種類については、「機械学習とは?仕組み・種類・ディープラーニングとの違いをわかりやすく解説」の記事で詳しく解説しています。

量子コンピュータ実用化に向けた課題

量子コンピュータの実用化には、量子ビットの安定性確保と大規模化という2つの技術的課題の克服が不可欠です。

現在の量子コンピュータはNISQ(Noisy Intermediate-Scale Quantum、ノイズあり中規模量子コンピュータ)と呼ばれる段階にあり、量子ビット数は数百規模にとどまり、エラー率も高い状態です。実用的な計算を安定して実行するためには、エラー訂正技術を備えた誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)への移行が必要であり、各社・研究機関がこの移行を見据えた研究開発を進めています。

量子コンピュータ実用化に向けた主な課題は次のとおりです。

  • 量子ビットの安定性(エラー訂正技術):ノイズによるエラーの低減と誤り耐性の実現
  • スケーラビリティ:量子ビット数の大規模化と制御技術の進展

量子ビットの安定性(エラー訂正技術)

量子コンピュータの実用化における最大の技術的課題は、量子ビットのエラー率を実用水準まで低減するエラー訂正技術の確立です。

量子ビットはデコヒーレンスの影響で極めてエラーが発生しやすく、現在のNISQ段階では量子ゲート操作のエラー率が高い状態です。古典コンピュータのビットエラー率と比較すると桁違いに高い水準であり、このエラーが計算の途中で蓄積すると、最終的な結果の信頼性が大きく損なわれます。

この課題を解決するのが量子エラー訂正技術です。複数の物理量子ビットを組み合わせて1つの「論理量子ビット」を構成し、エラーを検出・訂正しながら計算を進めます。

2024年12月にはGoogleが量子チップ「Willow」で、誤り訂正符号の規模を大きくするほど論理エラー率が低下する「閾値以下」の状態を世界で初めて実現し、エラー訂正の実用化に向けた重要なブレークスルーを達成しました。

IBMも2029年までに200論理量子ビットで1億の量子演算を実行できる「Quantum Starling」の実現を目指すロードマップを公表しています。

NISQからFTQCへの移行は、量子コンピュータが研究ツールから実用的な計算基盤へと進化するための最重要ステップです。

出典:IBM「IBMが世界初の大規模フォールト・トレラント量子コンピューターを構築する方法」

スケーラビリティ

量子コンピュータの実用化には、量子ビット数の大規模化が不可欠であり、現在の数百量子ビットから数百万量子ビットへの拡大が求められています。

実用的なFTQCを実現するには、1つの論理量子ビットを構成するために数千〜数万の物理量子ビットが必要です。たとえば、RSA暗号を解読するレベルの計算には数百万の物理量子ビットが必要とされており、現在の技術水準とは大きな隔たりがあります。量子ビット数を増やすと、冷却装置の大型化、制御信号の配線の複雑化、量子ビット間のクロストーク(相互干渉)の増大といった技術的課題が連鎖的に発生します。

日本では、理化学研究所と富士通の連携センターが2026年度中に1,000量子ビットの超伝導量子コンピュータの稼働を予定しており、富士通本社に専用の量子棟を建設中です。2026年3月には144量子ビットの国産量子コンピュータ「叡-Ⅱ」がクラウドサービスを開始しており、段階的な大規模化が着実に進んでいます。

スケーラビリティの課題は単なるハードウェアの問題にとどまらず、制御ソフトウェアや冷却技術、配線技術など、複数の技術領域を横断する総合的な取り組みが求められます。

出典:富士通「Fujitsu Quantum – 富士通の量子コンピュータ」

量子コンピュータとセキュリティ

量子コンピュータの発展は、現在のインターネットを支える暗号技術に根本的な脅威をもたらす可能性があります。

現在広く使われているRSA暗号や楕円曲線暗号は、大きな数の素因数分解や離散対数問題の計算困難性を安全性の根拠としています。

しかし、十分な性能を持つ量子コンピュータが実現すれば、これらの暗号は短時間で解読される危険性があります。この脅威に対抗するため、量子コンピュータでも解読が困難な耐量子暗号(PQC)への移行が世界的に加速しています。

量子コンピュータとセキュリティに関する主なテーマは次のとおりです。

  • 現在の暗号が破られるリスク:ショアのアルゴリズムによる公開鍵暗号の解読可能性
  • 耐量子暗号(PQC):量子コンピュータでも解読困難な次世代暗号技術

現在の暗号が破られるリスク

量子コンピュータが実用化されると、ショアのアルゴリズムによって現在の公開鍵暗号が解読されるリスクがあります。

1994年に数学者ピーター・ショアが考案したショアのアルゴリズムは、大きな数の素因数分解を量子コンピュータで効率的に実行する手法です。RSA暗号の安全性は「巨大な数の素因数分解は古典コンピュータでは現実的な時間内に解けない」という前提に基づいていますが、ショアのアルゴリズムを十分な量子ビット数を持つ量子コンピュータで実行すれば、この前提が崩れます。

現時点では、RSA暗号を実際に解読できるほどの量子ビット数と安定性を備えた量子コンピュータは存在しません。しかし、「Harvest Now, Decrypt Later」(今データを収集し、将来解読する)と呼ばれる攻撃手法への警戒が高まっています。暗号化された通信データを現時点で傍受・蓄積しておき、将来量子コンピュータが実用化された際に解読するという手法です。国家安全保障や長期間の秘密保持が求められるデータにとって、この脅威は現実的なリスクです。

暗号技術の移行には長い期間を要するため、量子コンピュータの実用化を待たずに対策を開始することが重要です。

耐量子暗号(PQC)

耐量子暗号(PQC)とは、量子コンピュータでも解読が困難な数学的構造に基づく次世代の暗号技術です。

PQCは、格子問題やハッシュ関数など、量子コンピュータでも効率的に解くアルゴリズムが見つかっていない数学的問題を安全性の基盤としています。米国国立標準技術研究所(NIST)は2024年8月に初のPQC標準規格を正式に発表し、ML-KEM(鍵カプセル化)、ML-DSA(デジタル署名)、SLH-DSA(ハッシュベース署名)の3つのアルゴリズムを標準化しました。

日本でも2026年2月にNECが「耐量子計算機暗号(PQC)移行方針策定支援サービス」の提供を開始し、官公庁・民間企業の暗号利用状況の棚卸しから移行ロードマップの策定までを一気通貫で支援しています。

また、CRYPTRECは暗号リストの改定を進め、電子政府推奨暗号リスト内に「PQCリスト」を新設してML-KEMを推奨暗号に位置づけました。

暗号技術の移行は数年単位の期間を要するため、現時点から計画的にPQCへの移行準備を進めることが、将来のセキュリティリスクを最小化する鍵です。

出典:NEC「量子コンピュータ時代を見据えた『耐量子計算機暗号(PQC)移行方針策定支援サービス』を提供開始」

量子コンピュータの今後の展望

量子コンピュータは、NISQからFTQCへの移行が本格化する中、各国の開発競争と市場規模の急拡大が同時に進行しています。

世界の量子コンピューティング市場は2024年時点で約10億7,700万ドル規模とされ、年平均成長率27%で拡大が見込まれています。米国・欧州・中国・日本がそれぞれ国家戦略を掲げて巨額の投資を行っており、2030年前後を見据えたFTQCの研究開発と産業応用の検討が進んでいます。

  • 各国の取り組み:米国・欧州・中国を中心とした国家戦略と開発競争
  • 日本の取り組み:国産量子コンピュータの開発と量子人材の育成

出典:JETRO「量子技術への世界的関心の高まり(1)市場予測と欧米の戦略」

各国の取り組み

量子コンピュータの開発競争は、米国・欧州・中国が国家戦略として巨額の投資を行い、技術覇権を争う段階に入っています。

国・地域主な政策・戦略政府投資規模代表的な取り組み
米国国家量子イニシアチブ法(2018年)50億ドル以上(2019〜2024年)IBM Quantum Starling(2029年予定)、Google Willow
欧州(EU)量子技術フラッグシップ(2018年)10億ユーロ(10年間)量子欧州戦略(2025年策定)
ドイツ量子技術アクションプラン(2023年)30億ユーロ規模(2023〜2026年)EU加盟国内で最大規模の投資
中国国家量子科学技術戦略非公表(推定150億ドル以上)祖沖之3号(105量子ビット)

米国では、IBMが2029年までに200論理量子ビットで1億の量子演算を実行できるFTQCシステム「Quantum Starling」の実現を目指しています。Googleは2024年12月に量子チップ「Willow」でエラー訂正の重要なブレークスルーを達成しました。

欧州ではEUが量子技術フラッグシップに10億ユーロを投じ、ドイツが加盟国内で最大規模となる30億ユーロ規模の投資を実施しています。中国は「祖沖之3号」で105量子ビットを達成し、独自路線での開発を加速させています。

各国の投資競争は、量子コンピュータが単なる研究テーマではなく、国家の安全保障と経済競争力に直結する戦略技術として認識されていることを示しています。

出典:JETRO「量子技術への世界的関心の高まり(1)市場予測と欧米の戦略」

日本の取り組み

日本は、国産量子コンピュータ「叡」シリーズの開発を軸に、ハードウェアから人材育成まで一体的な量子技術戦略を推進しています。

理化学研究所は2023年に国産初の超伝導量子コンピュータ「叡」(64量子ビット)を稼働させ、2026年3月には後継機「叡-Ⅱ」(144量子ビット)のクラウドサービスを開始しました。叡-Ⅱでは共振周波数の最適化により量子ビットの寿命が大幅に向上し、2台体制による連続的なサービス提供も実現しています。さらに、理研と富士通の連携センターでは2026年度中に1,000量子ビットの超伝導量子コンピュータの稼働を目指し、川崎市の富士通本社に専用の量子棟を建設中です。

国家プロジェクトとしては、内閣府のムーンショット型研究開発制度の目標6「2050年までに、経済・産業・安全保障を飛躍的に発展させる、誤り耐性型汎用量子コンピュータを実現」が推進されています。また、量子技術イノベーション拠点(QIH)では人材育成分科会が設置され、量子技術を担う次世代人材の育成にも取り組んでいます。

日本の量子コンピュータ開発は着実に進展しており、ビジネスパーソンとしてこの動向を注視し、自社への影響を早期に見極めることが求められます。

出典:JETRO「量子技術向上に挑む日本の研究開発力(2)最先端を切り拓く研究拠点」

量子コンピュータに関してよくある質問

量子コンピュータとは簡単に言うと何ですか?

量子コンピュータとは、量子力学の原理を使って計算する次世代のコンピュータです。従来のコンピュータが「0か1」のビットで情報を処理するのに対し、量子コンピュータは「0と1の重ね合わせ」が可能な量子ビットを使います。この性質により、組み合わせ最適化や分子シミュレーションなど、特定の複雑な問題を従来よりも高速に解ける可能性を持つ技術です。

量子コンピュータの実用化はいつごろですか?

量子アニーリング方式は、D-Wave社の製品を中心にすでに一部で商用利用が始まっています。量子ゲート方式の誤り耐性量子コンピュータ(FTQC)は、IBMが2029年に200論理量子ビットの「Quantum Starling」を予定しており、各社・研究機関が2030年前後を見据えた開発ロードマップを公表しています。

量子コンピュータは従来のコンピュータに取って代わりますか?

量子コンピュータが従来のコンピュータに取って代わることはありません。量子コンピュータは組み合わせ最適化や分子シミュレーションなど特定の問題領域で威力を発揮しますが、メールの送受信や文書作成、データベース操作といった日常的な処理は従来のコンピュータの方が効率的です。将来的には、量子コンピュータと古典コンピュータを組み合わせた「ハイブリッド運用」が主流になると見込まれています。

量子コンピュータが拓く未来

量子コンピュータは、特定領域で従来の計算の限界を突破する技術として、着実に実用化への歩みを進めています。

本記事で解説したように、量子コンピュータは量子力学の原理を応用し、重ね合わせ・量子もつれ・干渉といった性質を活かして、組み合わせ最適化や分子シミュレーションなどの難問を効率的に解く可能性を持ちます。創薬・金融・物流・製造業・AIといった幅広い分野で活用が期待され、セキュリティ面では耐量子暗号への移行が急務です。

一方で、量子ビットの安定性やスケーラビリティなど克服すべき課題は多く、「万能な夢の計算機」ではないことも重要な事実です。NISQからFTQCへの移行が進む中、各国の開発競争は激化し、日本も国産量子コンピュータ「叡」シリーズの進化や1,000量子ビット機の開発で存在感を示しています。

量子コンピュータがビジネスに本格的な影響を与える時代は、すでに視野に入っています。技術動向を継続的に把握し、自社の事業領域への影響を早期に見極めることが、将来の競争優位性を確保するための重要な一歩です。